戦前のペニシリン開発

必要があって、戦前のペニシリン開発についてのルポルタージュの傑作を読む。文献は、角田房子『碧素・日本ペニシリン物語』(東京:新潮社、1978)

筆者は、昭和戦前期の日本、特に軍隊のことについて多くの著書がある実力者のジャーナリストである。本書も、関係者への丁寧なインタヴューと、さまざまな史料を当たるなど、とても優れたリサーチに基いている。本書の主人公は、陸軍軍医の稲垣勝彦である。稲垣は、ペニシリン生産計画の中心人物として、大学や研究所・企業などを組織した共同研究のオーガナイザーであり、コーディネイターであり、終戦とともにペニシリン研究から足を洗った人物であった。本書は、科学史や医学史の方法論とかヒストリオグラフィとは関係なく、厖大で多様な史料にあたってそれをまとめ、全体のストーリーとしては、ペニシリン委員会で大物の学者たちが一生懸命熱心にペニシリンを作ったこと、稲垣がその垣根を越えた共同研究をうまく組織したことなどが強調されている。

アカデミックでないスタイルと関心で書かれているが、それはこの書物の価値をほとんど減じない。「総力戦下の産官学の科学動員」というおいしい主題について、マテリアルや登場人物が調べあげられて、しかもヒストリオグラフィとしてはナイーヴな本があるなんて、博士論文のもととして夢のような素材は、そうそうあるものじゃありませんよ(笑)

ついでにトリヴィアをひとつ。このペニリシンの科学動員の中枢にいた稲垣が、一高の学徒動員をしたときに、一高生を工場などで働かせるのではなく知的な仕事をさせようとしたエピソードも細かく丁寧に紹介されている。そのために、陸軍の軍医たちが、一高生たちに色々なことを教えたわけだが、そこで稲垣が教えたのが、「科学史・科学政策」だったという。