ヒポクラテス医学の興隆とアスクレピオス信仰の流行

必要があって、アスクレピオス信仰についての書物をチェックする。文献は、 Wickkiser, Bronwen, Asklepios, Medicine, and the Politics of Healing in Fifth-Centiru Greece (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 2008).

病人が神殿に詣でて、身を清めてささげものをしたあとで眠り、その中で夢のお告げを受け、それに基づいて治療するアスクレピオス信仰は、ホメロスの時代から知られていた治癒神であったが、紀元前5世紀に興隆した。この宗教医学が興隆した時期は、ヒポクラテス医学が興隆した時期でもあった。この同時興隆については私も授業で言及しているほど有名だけれども、この書物の著者は、両者の興隆の間に<因果関係>があると主張する。

ヒポクラテス医学は、医療と医療(イアトリケー)というものに新しいモデルを持ちこんだ。医療は、訓練によって身につけることができるが、一定の明確な限界を持っている特別な技量であるという位置づけも新しい考えの一つである。(エジプトでは、神が治療者に無限の治療力を与え、治療者の限界のせいでその力を十全に発揮できないと考えていたそうだ。)医療という技術の限界を超えた病気については、医療によってはそもそも治せないから、医師はそのような病気の治療を試みてはいけない。自分の評価を守るためにも、そのような病気を治療するよう頼まれても、断らなければならない。断られた患者は、いたずらに苦しむのではなく、別の手段での治療を試みるようになる。言葉を変えると、ヒポクラテス医学によって、宗教的な治療へのプッシュが生じたのである。そこで試されたのが、アスクレピオス信仰であるという。

他にも色々なことを言っているが、この部分が、たぶん一番のキモになる議論である。(アテネ史の研究者は、公共の宗教としてのアスクレピオス神殿という話に興味があると思うけど、そこは私にはわからなかった。)この議論が古代医学の歴史家から見て正しいかどうかはもちろん私には判断できないが、きっと、この議論のもとにある発想は面白い使い方ができる。一つは、病気によって、治療者のジャンルが変わってくるという現象に切り込んでいること。どんな病気であるかによって、患者は治療者のジャンルを変える傾向がある。精神病はそのような病気の代表であるとされている。(ついでにいうと、日本において、クレペリン医学が興隆した時期に、民間療法の施設も興隆しているのかもしれないと考えられる。このあたりは、橋本明さんに聞いてみないと)もう一つは、宗教治療の場が増える理由は、まさしく科学的な医学が人々を説得したからであるという逆説を通じて、「受療行動」を動かす社会の構造を明らかにしようとしていること。 正統医療の伸展が、非正統医療をむしろ伸ばしているという逆説を、この議論が使っているメカニズムで説明できるだろうか。

それにしても、この話、どの程度正しいのかな。