小谷元彦展―幽体の知覚



招待券をもらったので、六本木の森美術館で『小谷元彦展―幽体の知覚』を観る。

「幽体」と訳されているのは、phantom limb のことで、たとえば切断した足がそこにまだあるように感じる、そこに痛みすら感じるかのような不思議な現象である。誰も興味がないと思うけれども医学史の話を少しすると(笑)、16世紀のフランスの外科医のパレが最初に記述して、ネルソン提督だとかエイハブ船長なんかの有名人などが経験して、19世紀にウィア・ミッチェルなどが取り上げてメインストリームの一角をしめる問題になったとされている。それが痛みすぎる場合には、架空の手術をしてもう一度「切り取る」と治るという手術まで開発された。この現象は、とにかく不思議だから、身体論の哲学者や文学者・芸術家を魅了してきた。(私は追っていませんが。)

この展示は、その phantom limb ということばのもとに、「彫刻特有の量感や物質性にあらがうかのように、実体のない存在や形にできない現象をとらえてきた」アーチストである小谷の作品を集めたものである。もちろん、それぞれの作品は、医学的な現象とは直接の関係を持たされていないが、人間の身体が、その外部と内部の双方に、生々しいと同時に深遠なからくりを潜ませていて、その骨格、肉の帯、液体、臓器がほとばしり出るかのようになると同時に消えていく空間が、私たちという現象なのだということを、痛切に感じることができる、優れた作品である。二つだけ、特に印象に残ったものを出すと、小谷自身の血液を含んだしゃぼん玉が、壁にぶつかっては血の飛び散りを残していくビデオは秀逸だった。赤黒い血の形を表面に浮かせたしゃぼん玉は、私が見た中で、もっとも神秘的な血の表象だった。そして、圧巻は、inferno というインスタレーションで、視覚に身体感覚がひきずられるような感覚は、錯覚だとはいえ、素晴らしいものだった。2月末まで開催されているから、医学史や身体についての洞察のきっかけが欲しい人は、ぜひ、ぜひ、訪れるべきだと思う。