大谷誠『20世紀前半の英国における<精神薄弱者問題>』

必要があって、博士学位請求論文を読む。文献は、大谷誠『20世紀前半の英国における<精神薄弱者問題>-公的管理と社会階層』同志社大学大学院文学研究科・博士学位請求論文。

ヨーロッパ諸国でMental deficiency (歴史的に、精神薄弱と訳す)に対する組織的な対策が取られたのは、19世紀末から20世紀の初頭である。この時期に、国家が法と行政の制度を整備したり、国や慈善団体が施設などを作った。イギリスでは1913年の精神薄弱法が作られたのが、一つの目安になる。これは、精神病院に貧しい精神病患者を収容するという形で、Lunacy (狂気)に対して同様のことが行われたのと比べて、約一世紀近く遅い。この一世紀という期間のずれは、精神薄弱と狂気がそれぞれ理解され・意味づけられ・処理される仕方に大きな違いを与えた。

この論文の出発点は、<精神薄弱>なる対象が、対策に従事した専門家によって構築されたことである。まず、世紀転換期には、魯鈍という概念が作られ、戦間期には、鈍麻や遅鈍などの概念が作られていく。そして、この論文の議論のコアになる部分は、これまで下層階級の精神薄弱者に対する対策を主眼に据えてきたのに対し、上流・中流階級の精神薄弱者に対する処遇が研究されていないので、その問題にまつわる議論を組織的に調べた部分である。そこで明らかになったのは、議論はあったが、上流・中流階級に対しては、その家族の精神薄弱者への比較的自由な処置が認められていたことであった。下層階級と上流・中流階級では異なる対応がとられていたシステムであった。

タイムリーな主題についての研究だし、優れた内容の研究であるから、なんらかのかたちで活字になるだろう。それをいち早く読むことができたのは、役得であった。 なお、大谷誠のほかの研究としては、川越修・鈴木晃仁編『分別される生命』に掲載された論文などがある。