「新しい公衆衛生」は新しいか

Vallgårda, Signild, “Appeals to Autonomy and Obedience: Continuity and Change in governing Technologies in Danish and Swedish Health Promotion”, Medical History, 55(2011), 27-40.

「新しい公衆衛生」(new public health)という概念がある。古い公衆衛生は、強権を通じて、個人の行動を制限する方法を用いて公衆衛生を達成するのに対し、新しい公衆衛生は、自律的な個人の選択を通じて同じ目標を達成しようとする。この概念に、フーコーやニコラス・ローズののような社会理論家が肉付けして、20世紀後半の社会における権力のあり方の一つの範例とする議論を展開したため、よく用いられている概念である。ただ、フーコーでもローズでも、どこで・いつ・具体的に何が起きたのかということを明らかにすることに熱心なタイプの学者ではないから、「新しい公衆衛生」は、その歴史的な推移としては、本質的な意味においてあいまいなままになっている概念である。

この論文は、「新しい公衆衛生」を実証するとどうなるかという研究である。地域はデンマークとスウェーデンを選び、1930-40年代と80年代というように二つの時代を区切って、テーマとしては母性・乳児衛生とする。二つのセグメントの政府の公衆衛生政策を検討して、「新しい公衆衛生」への推移が見られるかどうかを検討している。

きっとそうだろうなと思っていたけれども、やはり、歴史的な実証の仕掛けにかけると、新しい公衆衛生への推移は見られなかった。当該地域においては、1930年代からすでに自律的な個人に選択させることが問題になっていた。変化があったのは、80年代から90年代において、公衆衛生のスコープが著しく広がり、個人の生活のさまざまな側面において選択の枠組みを作ろうとしたということである。公衆衛生の質や目的というよりも、サイズが大きくなったと捉えるべきであるという。

これはもちろん、この論文が、「新しい公衆衛生」を実証しディテクトする仕掛けをうまく作っているかどうかという大問題がある。民主主義がどのような公衆衛生をもたらしたのかという問題を、どんな指標に着目するとうまく記述できるのかという問題を考えていたところだったので、たいへん参考になった。