「核家族のハザード」

Laslett, Peter, “Family, Kinship, and Collectivity as Systems of Support in Pre-Industrial Europe: a Consideration of the ‘Nuclear Hardship’ Hypothesis”, Continuity and Change, 3(1988), 153-175.
「家庭から精神病院へ」という過程は、現代においても過去においても、個々の患者がたどる道筋として、ほぼ普遍的である。また、歴史的にも、精神病院という制度が確立したのは西欧諸国では19世紀、日本では20世紀であって、家族におけるケアに較べると比較的遅かったために、「家庭から精神病院へ」という過程は、歴史の中においても経験された推移であった。

この歴史的な推移を、広い社会史の視点から捉えることを可能にする視点が、もともとはケンブリッジの人口史グループが提唱し、現在ではエマニュエル・トッドが展開している、世帯構成の視点である。精神病院への入院、それも長期的な入院は、個人が自分が属している世帯のケアから外れるという過程をともなう。精神病院の側から見れば入院だが、世帯の側から見れば、ある個人のケアを外部にまかせることになる。つまり、精神病院への入院は、世帯におけるケアの問題の裏返しという性格を持っている。

ケンブリッジ・グループが唱えているのは、個人の人生におけるハザードが解決されるスタイルを、その個人が属している社会の世帯構成の規則 (household formation rules) と結び付けて考える枠組みである。ケンブリッジ・グループのピーター・ラスレットは、「核家族のハザード仮設」(nuclear hardship hypothesis)の中で、世帯構成のルールと、世帯の外部における扶助やケアのスタイルについて、重要な洞察をしている。かいつまんでいうと、後期中世・近世以降のイングランドなどにおいては、核家族が世帯構成の中心であった。一つの世帯には、結婚している夫婦と、その子供という二世代・一夫婦だけが所属し、子供は成長して結婚すると、新しい世帯を作って独立していった。このようなルールが存在する社会において、さまざまな理由で、世帯の独立を維持できない事情が生じたとする。その理由というのは、夫婦の片方(特に夫)の死、失業、病気、老齢などである。このような理由によって、世帯が経済的に自立して、その中で完結して扶養とケアを与えることができなくなったときに、核家族の原則の例外を認める形で、家族外のエージェントによって、その世帯の個人は救われることになる。そのエージェントというのは、親族でもいいし、地域社会でもいいし、慈善団体でもいいし、あるいは最終的には国家でもいい。つまり、核家族による世帯構成というルールは、ある程度の例外を許して共同性による介入が起きることが組み込まれているのである。家族と共同性は、相互に補いあって社会となっているのだと言ってもよい。そして、核家族という形態が広まり、その規則がより厳格に守られるようになると、核家族のルールのもとでは自立できない世帯の構成員にとって、共同的な制度がより重要になるのである。