小林靖彦「日本精神医学の歴史」

小林靖彦「日本精神医学の歴史」『現代精神医学大系1A 精神医学総論』(東京:中山書店 、1979), 125-161.
精神医学という医学の分野においては、どういうわけか歴史研究が盛んで、東大教授などの指導的な精神科の医者が、同時に優れた歴史研究をすることが多い。もちろん、これは、精神科の医者の立場から見た歴史であることが多く、人文社会系の学者による精神医療の歴史とは、問題の立て方や資料の読み方などが大きく違う。そのため、若い人文社会系の学者は、精神医学者による研究を軽視して、引かれている文献情報を見つけるためだけに使うこと、場合によっては全然参照しないことがありがちである。このスタンスは、非生産的だと私は思う。私自身、昔は、医者による精神医学史研究に違和感、あるいは敵意などを感じることが多く、そういった文献をうまく読めないことが多かったけれども、特にイギリスに留学してから、医学の視点がとても参考になることが分かり、それから学びながら人文社会系の議論ができるようになったと思う。
 この論文は、小林靖彦という精神科医による、大部で詳細な論文である。古代から1969年までをカバーしているが、主たる力点は明治以降にある。著者の小林については、最近、愛知県立大学の橋本明さんがその遺稿を発見して、その内容を紹介している。(http://kenkyukaiblog.jugem.jp/?eid=119) 

 日本医学会総会における演題や宿題報告の内容を通じて、何が医者たちの中心だったかということを議論した部分があった。早発性痴呆と並んで、戦前の精神病院のアドミッションにおける二大疾患の一つであった麻痺性痴呆についてみると、1911年の第10回の、三宅鉱一による宿題報告「麻痺性痴呆」から、1935年まで、麻痺性痴呆は常に脚光を浴びていた重要な疾患であったことがわかる。(精神)神経学会についても、同じようなカウントをすることができるだろう。

 引用を一つ。岡本一抱『病因指南』(1695)「てんかんは、和にいゆる久津知[くつち]にして、狂は俗にいう幾知加比[きちがひ]また毛乃久留比[ものくるひ]なり」