栄西『喫茶養生記』

栄西『喫茶養生記』古田紹欽訳注(東京:講談社学術文庫、2000)
日本にお茶を紹介した書物として名高い『喫茶養生記』を読み返す。仏教の枠組みで理解された生理学をもとにして、お茶を飲むことの価値を称揚した養生論である。残念なことに、仏教の生理学の部分は何もわからないけれども、それと切り離しても、養生論として面白い部分がたくさんあって、それを現代語訳からメモした。

この世界が成立した当初のころの人間は、天人と同じように健康で頑強であったが、今の世の人々はだんだんとそれが低下し、脆弱となり、身体や内臓の五つの器官が朽ちた木のようになって衰えた。針とか灸とかをもってしても、傷めるだけでよくならず、湯治をもってしても、また効かなくなった。 44

ひそかに今の世の医術を聞くに、薬を飲むことによって、心地をそこなうようなことをしているが、それは病と薬が適合していないためである。灸をしているのに、若くして命を失うようなことになっているのは、脈と灸が攻め合って合わないためである。なによりも今は、中国大陸に行われている治療の模様をたずねて、近代の治療方法を末世の人に示すにしくはない。 46

心臓がやむときは、いっさいの味がみな違ったものになり、食べるとそれを吐き、どうかするとまた食べ物をうけつけなくなる。いま、茶を喫すれば、心臓が強くなって病をなくすることができる。日本では苦みを食べることをしないが、ただし中国にあっては、日本と違って苦みとして茶を喫しており、そのためにその国の人々は、心臓の病がなく、また長命である。我が国の人々の多くが、痩せ衰える病にかかっているのは、茶を喫しないからである・49

心臓は五臓のなかの君主の位にある。茶は苦みのなかの最上の位にあり、また苦みは五味のなかの最上の位にある。よって心臓はこの苦みを好むものである。 50

広州の土産の作物はすぐれていて、その茶もまた品質がすぐれている。この州は風土が悪く熱病が多い土地であり、北方の人がこの地に来ると、十人のうち九人はその病にかかって死んだり、この土地の物はすべて美味であることから、多く食べすぎて体をこわしたりする。そこで熱病にかかったり体をこわしたりしないように、食前に多くビンロウジを喫し、食後には多く茶を喫するのであり、客人にも強いてこの二つを喫さすが、それは身心をそこない、こわすことのないようにするためである。 52

日本は寒いところであるから、この災難はないが、日本でも南方の熊野の山には夏には参詣のため登ることをしない。この山は熱病にかかる暑い地であるからである。 56

「茶を久しく喫すると、羽翼を生ずる」とある。身体が軽快になることから、そういうのである。 56