アレキシス・カレル



アレクシス・カレル『人間―この未知なるもの』渡部昇一訳(東京:三笠書房、2007)
必要があって、フランス生まれでアメリカで活躍した医者・生理学者のアレキシス・カレルの著作を読む。もともと優れた科学者で、ノーベル賞も受賞し、大西洋横断のパイロットであるチャールズ・リンドバークとの「共同」実験で、体外に摘出した臓器を生存させておく技術を完成してメディアでも有名人となった。かつての偉大な医学者によくあることだが、技術的な問題を超えて、人間や社会についての洞察を語る書物を何冊か書いていて、その中では、1935年に出版されたこの書物が国際的なベストセラーとなった。日本語訳は、1938年に桜沢如一によって岩波文庫で訳されている。大学図書館にはいくつも翻訳があったけれども、桜沢の訳ではなく、『知的生活の方法』で有名になり、右翼の論客としても有名だった渡部昇一が翻訳しているのが新鮮で、なんとなくそちらを読んだ。

全体の特徴は、当時の現代医学の分析的な方法、特に物理化学還元主義の方法をそのまま人間にあてはめることに批判的であり、それらを総合した視点の中で、人間とその改善をめざすというトーンである。ファシズムの時代の人間であることも関係しているのかもしれないが、英雄崇拝の傾向があって、シーザーやナポレオンやムッソリーニが偉大な人物であるという評価が何度も出てくる。また、神秘的な傾向も明白で、テレパシーや降霊術についても、積極的にそれを認めていく態度を示している。

古典優生学的な視点
「乳幼児の死亡が減ったことについても、本当に不都合はないのかどうか考えてみなくてはならない。実際、強いものばかりでなく、弱いものまで助かっている。自然淘汰はもう役目を果たしていない。民族が医学の力でこんなによく守られたら、その未来はどうなるのか誰にもわからない。」51

人間の科学的な研究という専門的な視点による「分析」を「総合」するには
「研究の結果を人間に適用する前に、分析によって得たバラバラのデータを、分かりやすく総合的にまとめなければならない。そういう風に総合することは、専門家たちがテーブルを囲んで一度討論したからといってできるものではない。これにはただ一人の努力が必要であって、グループの努力だけではなし得ない。」77

男女の違いについて(内分泌について)
「男性と女性の間に存在する相違点は、生殖器の特定な形状や子宮の存在、妊娠や教育方法によるものではない。もっと根本的な性質のものである。組織の構造そのものと、卵巣から分泌される特殊な化学物質が体全体に行きわたっていることによるのである。これらの根本的な事実について無知であるために、女権拡張運動の推進者たちは、男女両性が同じ教育、同じ権力、同じ責任を持つべきであると信じるようになった。実際には、女性は男性と非常に異なっている。女性の体のすべての細胞ひとつひとつに、女性のしるしがついている。」116-7 「したがって、女性が母性に背を向けるように仕向けることは馬鹿げている。」119

「要するに、体というものは解剖学的には異種混合物であり、生理学的には同質物である。」131

[器官の強靭さ、神経的・精神的優秀さという特性について、我々は無知であり、それが細胞の構成や細胞が合成する化学物質と、体液と神経による器官の統合のされ方によるものなのか分からないが] これらの素質は遺伝的なものである。何世紀もの間、わが民族の中に存在しているのだ。しかし、もっとも偉大な、もっとも富める国家であっても、それが消えていくことがある。(略)偉大な民族の子孫は、もし退歩さえしていなければ、労苦や恐怖に対し、自然に抵抗力を与えられている。彼は自分の健康や安全について考えない。薬に興味を持たず、医師をも無視する。そして、生理化学者がすべてのビタミン類と内分泌腺からの分泌物を純粋な状態で手に入れられるようになったら黄金時代が来るなどとは信じないのである。自分は戦い、愛し、考え、征服する運命にあると思っている。」136

身体の組織、体液の個性について 254-5

画像は、リンドバーグとともに人工心臓の前にたたずむカレルと、動物の臓器を混合したキマイラを作る魔術師としてカリカチュアされたカレル。