秋田の精神病調査・1941年

太田清之「穿試法に依る秋田県の精神病調査」『精神神経学雑誌』47(1942), 319-328.
S16年5月から8月にいたる三か月間、秋田市の一般病院、私立小泉病院に入院中の患者のうち中年者を発端者としてえらび、その200組の同胞1156人につき、精神疾患に関する詳細な調査をした。このサンプルは、農漁業に携わっているものが多く、また下層の社会階層が多い。農漁業は36%、労働者と雇傭人が20 %である。これは、秋田という事情と、小泉病院の患者層が社会の下層にやや偏っていることに由来する。一方で、入院料負担可能者は、すでに社会の最下層ではない。つまり、このサンプルは、社会の最高最低を除いたところに成立している。

同胞1156名中、分裂病4, 進行麻痺1, 卒中後精神病1, 癲癇3, 戦争神経症1, 脳炎後パルキソニスムスが1、それに精神病質11名. これは予想に反していた。卒中後精神病、神経症は予期しないところであった。進行麻痺が一例にとまったのも期待に反した。躁うつ病、精神発育制止が一例もなかったことも意外であった。326

進行麻痺の1例は物足りない。秋田は海岸線が長く、漁港が多く、また殷賑な花柳界をもつ。(土崎港) 公娼が廃止されて、私娼が跋扈している。 秋田脳病院では進行麻痺が多いことなどから、その高率が予想された。 ところが、文献を見ると、進行麻痺はこの方法(穿試法)では発見されることがまれである。

秋田では大酒のせいで、動脈硬化、高血圧、脳出血関係による死亡が多い。その一人あたりの清酒消費量はまさに日本一であり、さらに濁酒密造の国として、或いは放火犯の多い国として、全国に冠絶しており、それに伴い、病的酩酊者や酒精耽溺者の数も多くなっている。326 。

さらに注意すべきことは、今回の調査で、躁鬱病と精神発育停止が一例もなかった。
躁鬱病の症候及び経過が、他種精神病に比較して、素人の人々には把握しがたく、しかも全く常態に復帰してなんらの欠陥をも残さないので、したがってその供述が困難になるということである。秋田県のごとき、一般的教養の低い地方においては、ことさらに本病の理解が困難であるのかもしれない。もう一つの理由は、この調査が、本県民の大多数をしめる中産階級以下の人々について行われた。かかる階級の人には、本病が一般に少ないということはるる認められるところである。躁鬱病者の社会層が比較的高いことの一証明になるであろう。327

精神発育停止に至っては、本県にも極めて多数に存在するであろう。しかし、その程度が千差万別であり、その判断が供述者の主観によって左右されるところが多大であるのみならず、本県民のごとき一般教養程度の極めて低く、筋肉労働を主とする職業の大多数を占める地域では、たとえ精神発育制止が存在するとしても、特に高度のものでないかぎり、周囲の人々にはもちろん、家人にすらそれと気づかれないことがあるのではないかと考えられる。327