古屋芳雄の日本民族論

古屋芳雄『日本民族渾成誌―特に大陸との関係について』(東京:日新書院、1944)
戦前日本の健康政策の中枢にいた古屋芳雄は多彩な著作があるが、その一つ。古屋は金沢の医学校の教授となった昭和7年から多方面にわたって精力的な研究を行っている。福井県の結核調査とその分析は、特に水準が高いと思う。その研究の一つに、日本民族の形成の研究があり、その一環でアイヌの人種的な研究を行い、その関連で、日本の他の土着民族を研究するために、津軽から九州にいたるまで、僻遠地の閉鎖的な地域の人体測定的な研究もしている。これらの医学・生物学的な、人体を素材とする日本民族研究とともに、歴史文献に基づいた日本民族研究も行おうとしており、その成果が本書である。みずから、「生物学的な日本民族誌の文献篇」と呼んでいる。つまり、大陸から日本への人口移動を、化石や人体測定と並行して、歴史文献を通じてあとづけようとしている著作である。

<高度の文化の華を他っていた彼の地の人々が渡来し、我が国を刺激した。相当の数の人々が来て、政治・文化的に我が国の中心地で活躍した。それにもかかわらず、我が国本来の文化・精神には、これらの移民は本質的な変化を与えてはいない。これらの人々は日本で結婚して子孫を作ったから血の流入もあった。しかし、文化の方面からみるならば、圧倒的に優秀な大陸文化に直面しつつ我が国の文化はそれに吸収され同化されてしまわず、我が国本来の精神を失ってはいない。要するに、我が国においては、人種的な混血はあっても文化的精神的な混血は存しなかった。> 147-8

血が混じりながらも、日本本来の文化が守られたという、医者であり人種衛生学者であった人物にしては、ちょっと不思議な主張である。古屋は、小熊英二単一民族親和の起源』でも取り上げられている人物だけれども、戦前から戦中にかけては、情勢と政策が急激に変化していく部分があるので、議論の構造と枝葉を分けるには、ずっと深く理解しないとだめだろうけど。