インフルエンザとその対策の長期変動

逢見憲一・丸井英二「わが国における第二次世界大戦後のインフルエンザによる超過死亡の推定―パンデミックおよび予防接種制度との関連」『日本公衆衛生雑誌』58(2011), 867-878.
国立保健医療科学院の逢見憲一は、現在注目されている論客である。視点が広いというだけでなく、長期変動の視点から疾病と公衆衛生を見ることができる、待望の公衆衛生学者である。その逢見先生から日本における戦後のインフルエンザについての論考をいただいたので、喜んで読んだ。鮮やかな手さばきと、そのデータの結果の意味を問うている、社会科学者としての視点をそなえたすぐれた論文である。

この問題について何も知らない学者として、まずインパクトがあるのは、インフルエンザによる超過死亡という指標を取ってみると、予防接種の効果である。インフルエンザの予防接種が強制であった1976-1987年には、年齢調整をしたうえでの平均死亡率は6.17(10万人あたり)、保護者の意向を配慮する1987-94年には3.10まで下がった。70年代中盤から90年代中盤まで、インフルエンザの超過死亡についていえば、日本は黄金時代を迎えていたといってよい。それ以前の死亡率がより高い数値を示すというのは当然あが、面白いのは、1994-2001年の任意接種期には、これがインフルエンザの死亡率が急反転して、9.42 まで上昇する。その後、高齢者に接種するようになったこと、抗インフルエンザ薬などの導入により、2002年からの死亡率は2.04に急低下する。つまり、「失われた7年間」を持ったことになる。だから、抗インフルエンザ薬が劇的に効いて死亡率が下がったように見えることが事実であると同時に、その効果が引き立つような状況、インフルエンザでの死亡率が高い状況が、90年代の半ばにいったん作られたということにも注意しなければならないだろう。

この論文では取り上げていないが、この、1994年からの「失われた7年」は、いったい、なぜ作り出されたのだろう。このあたり、絶好のSTSの論文の課題であると同時に、スリリングな医学ジャーナリズムの素材だとも思う。