内村「アイヌのイムについて」(4)

「イムの話―アイヌの奇病」(昭和8年 東京朝日新聞)
アイヌのイムバッコ(イムを起こす老婆)は、普段は普通の人々と少しも変わらないと周囲が口をそろえて言い、性質などに偏ったところは全然ない。むしろ、内村らが観察した範囲では、有能多才の婦人が多く、男勝りの寡婦や、品の良い一家の良妻などがいる。昭和13年に『精神神経雑誌』に掲載されることになる大論文と言っている内容はほぼ同じであるが、昭和8年の10月21日から24日まで『東京朝日』の科学・文化欄に連載された記事では、論文では触れていないとても重要なことを言っているのでメモした。

イムをアイヌの民族と社会によって形成されたヒステリーと考えることは問題がない。イムをアイヌのヒステリーたらしめているのは、アイヌの精神生活の原始性であり、被暗示性である。もう一つ重要なことは、アイヌ社会の中での女性の地位である。アイヌの女性は、屈従的な生活をしているという定評がある。イムではない一老婆が、酩酊した男性のアイヌによって土手下に蹴落とされたが、それに一言も文句を言わなかった。この取扱いによって蓄積されているものは、どこかで発散されなければならない。内村は、イムがその場であり、イムは抑圧された女性の不満が発散する仕掛けである。イムを発作させた後の「躁暴状態」において、亢奮して我を忘れてしまった女性のアイヌが、屈強な男性に立ち向かい打ちかかっていく様子を見ていた内村には、何かがひらめいたらしい。「温良にして慎ましやかな態度から放たれて、男子に向かい、足をとりこれを芝生の上に押し倒して快哉を叫んでいる」。これを見て、内村はなるほどと思ったらしい。「イムも、ヒステリーの発作も、天然が弱者のために備えた防衛機構、保障機構である」という。