右田裕規『天皇制と進化論』

右田裕規『天皇制と進化論』(東京:青弓社、2009)
戦前における天皇制と進化論の複雑な関係を論じた書物である。着眼もよく、すぐれた書物だと思う。基本的な軸は、皇国史観と進化論は対立する可能性がある思想であり、実際に対立したということである。いわゆる皇国史観は、天皇は天照大神の子孫であり、現人神であるという教義をもち、一方で進化論はヒトを含めてすべての生物は進化の産物であるとしたから、この両者は当然のように衝突する。事実、不敬事件においては生物学者が「天皇も人間なり」と書いたビラを張ったとか、飲み屋で「天皇だって血や肉がある人間だ」といったとかことも立件されていたし、生物学に共感するものたちは、天皇は現人神であるという思想を迷信であると感じていた。左翼たちは確信犯的に進化論を語り、彼らの書籍などは検閲された。さらに、この天皇が生物学者であり、行幸のおりに臨海試験場などを訪れたことは、問題を複雑にしていた。

一番おもしろかったのが、優生学の位置づけである。1932年に設置された文部省の国民精神研究所は、人文系・社会科学系の学者を集め、熱心に国体論を論じたが、その中で紀平正美は進化論を積極的に攻撃し、皇国史観を守ろうとした。しかし、それと並行して、1935年に設立された青年学校や、1938年、42年の教授要目の改訂などでは、公式に進化論が教えられた。この進化論の導入は、優生学への理解を深めるためであると論じられている。