ドイツの精神医学史の新しいセンター


Zellers, Albert, Albert Zellers medizinisches Tagebuch der psychiatrischen Reise durch Deutchland, England, Frankreich und nach Prag von 1832 bis 1833, Gerhart Zeller (Hrsg.), 2 vols (Zwiefalten: Verlag Psychiatrie und Geschichte der Muensterklinik, 2007)
ドイツの Zwiefaltenという街で開かれた学会に行ってきた。ツヴィーファルテンは、シュトゥットガルトとコンスタンツ湖の中間くらいの美しい田園地帯に位置する町で、人口は2000人ほどのごく小さな町だが、2つの塔を持つベネディクト会の修道院の建築は、息を飲むような壮麗なバロック建築で、一生の間に一度は観ておいたほうがいい。

ツヴィーファルテンといった、失礼ながら正直言って誰も名前を聞いたことがない南ドイツの田舎の街になぜ私たちが行くようになったかというと、この周辺に、精神医学史研究の一つの新しい焦点が現れたからである。それを作り出している人物は、ベルリンで教育された精神科医で医学史家のThomas Mueller である。数年前にツヴィーファルテンの近くの Ravensburg という街にある、大学の精神科クリニックの主任的なものになってから、ミュラーは精力的に当地の精神医学史研究を展開してきた。この書物は、当地の精神科医が、1830年にヨーロッパ各地の精神病院を回ったときの旅行記であり、それぞれの地域の有名な精神病院についての比較的詳細な記録がある優れた資料で、このような資料や書物を刊行している。


活動の大きな焦点は、博物館の運営である。ツヴィーファルテンには歴史がある精神病院群があり、さまざまな精神医療が行われていた。ナチスの時代には、これらの精神病院からGrafeneck の大量抹殺施設へと多数の患者が送り込まれた。それぞれの精神病院から抹殺施設に患者を運んだバスは「灰色のバス」と呼ばれていて有名だけれども、灰色になる以前には郵便のバスが使われていて、赤いバスの前で患者が検査されている貴重な写真もあった。T4作戦が終了したのちも、餓死や毒物の注射などによる殺害が続いていたが、特徴的な例は、ヒトラーとムッソリーニの協定でドイツに送り込まれた、チロル地方のイタリア人の精神病患者たちも、ほぼ間違いなく同様の方法で殺害されたことであろう。このように、19世紀以来の精神医療の光と暗黒が交錯する資料群があり、これらのうちから優れたものが選ばれて敷地内の建物に展示されている。

こういったいわば地味な仕事が積み重ねられて、地に足が着いた一つの歴史研究の知的なセンターが、無から作られて、それが国際的な発信をすること。それをまざまざと見せてもらったという意味で、ミュラー先生には感謝している。