「処女地感染」再考

Jones, David S., “Virgin Soils Revisited”, The William and Mary Quarterly, 3rd ser., 60(2003), 703-742.
いわゆる「生物学的歴史」の中心的なテーマである「処女地感染」の問題の急所を押えた必読の論文である。

アメリカ大陸の先住民が激減した最大の理由は、それまで経験しなかった感染症がヨーロッパから持ち込まれ、それによる死亡率が長期にわたって極めて高かったからである。この現象は、アメリカにかぎらず、オーストラリアなどの太平洋上の諸島やシベリアやアマゾンの奥地にもみられた現象であり、ある感染症を経験していない土地を virgin soil といい、そこに起きる感染を virgin soil epidemicという。(これを普通に訳すと「処女地感染」となって、「処女」という表現をこのような意味で使うことは確かによろしくないが、ひとまずこの言葉で行く) 処女地感染という概念を歴史学の中に導入したのは、マクニール―クロスビーといった歴史学者であり、彼らの著作はアメリカ先住民の人口激減のメカニズムの複雑性を捉えようとしている。しかし、問題は、インディアンの人口が激減して、アメリカ大陸という巨大な資源がヨーロッパ人の支配下にはいった理由として、「免役がなかったから」という不正確な理解が広まっていることである。(実際、この主題を扱った授業をしたあとに確認レポートを書かせると、できない学生の多くは得意そうに「免役がなかったから」と書いてくることが、この概念が陥りやすい危険を示唆している)処女地感染のモデルは、もう一度、厳密に考察され、社会や文化との連関の中できちんと理解されなければならない。