犯罪問題と優生学

阿部真之助『犯罪問題』(東京:冬夏社、1920)

大阪毎日の記者の阿部真之助が著者で内務省監察官の松井茂が序文を書いている。犯罪とその処罰を社会の問題としてとらえる日本社会学院の「現代社会研究」のシリーズに入っている。復刻版が出ているから読みやすい。犯罪者の生理、犯罪の遺伝、犯罪と優生学という章があり、それぞれロンブローゾーやメンデルなどが引用されている。有名なダグデールの「デューク一族」ももちろん引用されている。

しかし、この著者は、犯罪の問題については、遺伝・優生学とははっきりと距離をとっている。「遺伝は個人を支配する重要なる部面に相違ないが、社会と個人との関係を無視することはできない、民族の発達は牛や豚を改良するのとは意味が違う、遺伝のみによりて理想郷の出現を夢見るわけにはいかない」37 「改良された牛や豚を見ると、そこに飼育者の精神の働きが現れている、人間を改良すべき社会的理想は何人によって決定されるのか、万人に共通なる何人も異論のない、千古不易というような理想はどこにあるのだ、個人も社会も理想なくして生きるはずはないが、優生学者はいずれの理想に基づいて種馬を決定せんとするのだ」 37 「優生学は人を造る、しかし社会的関係を顧慮せざるがために市民を造ることは不可能だ、優生学は体格の素晴らしい人を造り上げるだろう、ちょうどホルシュタインの牛のように、ヨークシャーの豚のように、めざましい人が出来上がるだろう、しかし彼は市民ではない、純然たる人となづくる動物たるに過ぎない、立派な申し分のない動物だ」