諏訪敬三郎「今次戦争における精神疾患」

諏訪敬三郎「今次戦争に於ける精神疾患の概況」『医療』vo.1, no.4(1948), 17-20.
昭和13年から陸軍の精神疾患の患者は一括して国府台陸軍病院に送ることになっており、その院長が諏訪敬三郎であったから、日本の戦時精神医学の責任者による概況観察となる。基礎資料だから、かならず引用される。

昭和13年から20年までの国府台陸軍病院に入院した患者は全部で1万454人、13年の628人から昭和19年の1876人まで、約3倍に増えている。診断別に上位でいうと、分裂病が41.9%、ヒステリーが11.5%、頭部戦傷による癲癇などが10.4%、神経衰弱が7.1%、精神薄弱が5.9%、梅毒性精神病が5.8%であった。

分裂病は最高位を常にしめ、時期による増減はあまりない。すでに応召前に精神異常を示していたものが多い。ヒステリー・神経衰弱は大勢いる。また、他の疾患にまぎれこんでいるものも多いだろう。さらに、戦争末期には自覚症状が主たるもの、症状が一定しないものということで話題にもなった。頭部癲癇は近代戦争に随伴する。精神薄弱は年を追って増加し、昭和13年の0.9%から昭和20年の13.9%に急増している。これは、徴集率を上げなければならなかったため、精神薄弱・精神病質にあたる人間まで駆り出されなければならなかったこと、そのため、戦争末期には兵士の規律が乱れて犯罪的行為も多かった。梅毒性精神病は年齢とともに増える。

つまり、戦時部隊内の精神疾患は、戦争のために新たに発生するもの、入院前から異常者が入り、環境順応が困難になったり症状が増悪するものの二方面から増加するのである。

ポイント二つ。まず、この概況報告が合計でわずか3ページと少し、うち1ページは表だから、たったの2ページというあまりにもお粗末な報告である。このことは、戦後の日本が軍隊を持たない社会になるという巨大な転換を経験したことと深い関係がある。この報告が貧弱なことは、戦時の患者に対する精神医学が相対的に言って不十分なものであったということを直ちに意味はしない。

それとも関係あることだが、諏訪のまとめは、まさしく陸軍軍医として、戦力になぜ被害が出て、その被害が戦争の長期化とともに拡大したかということを主題にしている。戦争にともなう精神疾患の患者が増加したことを説明する諏訪の口調は、戦争の状況や前線の生活、第一線の医療などを論じていない。現地での精神衛生、兵士の管理の問題点などを非難する方向に向かない。重要な問題は、兵士の徴集に無理があったことである。健康な兵士を数多く集めるメカニズムの失敗である。諏訪は国民の体力や精神衛生を向上させて総力戦を勝ち抜くという戦時の方針の失敗として精神病患者の増加を捉えている。あたかも、「なぜ負けたのか」を論じているかのような口調ですらある。

ここからの日本の精神医学の変身は、他の領域と同じように、もちろん素早かっただろう。そして、その素早い転換の中で保存された構造的なものも残っているだろう。