坂口安吾「桜の森の満開の下」


青空文庫で読んだ。坂口安吾が1947年に書いた短編だから、1946年に「堕落論」を書いて大きな反響を呼び、人気作家というよりむしろ<時の人>と言った方がふさわしいような人物になった頃である。

山賊とある女の話である。山賊がかどわかして連れてきた女が我儘で残虐で変質的で、山賊のもとの女のあらかたを殺させ、そのあとで山賊とともに都に移住して、都の人を殺してその首を持ってくるように命じ、腐乱しかけた首を集めてお人形ごっこをしている。若君と姫様の腐乱した首で王朝物語ごっこをするのである。山賊はその生活に倦いて、都を逃れて山に帰るというが、意外なことに女も都を離れてついてくる。その時に通らねばならないのが、鈴鹿の峠を越す時の桜の森であり、その時に桜の花が満開になっていた。それまでも山賊にとって満開の桜の花は怖ろしい場であった。満開の花が散りゆく下の、気を狂わせるような美しい光景は、いつでも彼の人格の下の凝固した不安であった。その満開の桜の下を通って、山賊は女を背負って鈴鹿の峠を越えようとしていた。

これに続く、山賊が真理を知り女を殺し自らを滅していく凄絶な陶酔感をもったフィナーレがある。このすべてが満開の桜の下で起きる。この部分は、「狂気」というものを文学で表すとしたらこうなるのではないかと思わせる傑作だと思う。