「コレラ雲」という現象の分析

Mukharji, Projit Bihari, “The ‘Cholera Cloud’ in the Nineteenth Century ‘British World’: History of an Object-Without-an-Essence”, Bulletin of the History of Medicine, 86(2012), number 3, 303-332.
BHMの新着号から非常に面白い論文。「コレラ雲」というものがあって、19世紀にコレラが流行した各地において観察されていたものである。文化的な思想としての「コレラ雲」の起源は古く、中世から近世の「ペスト雲」や、神や悪魔の力を示すことができる空の異変、ミアズマや雲などが作用していると考えられる。黒や黄色などの不気味な色をして人々を恐怖させ、発現とともにコレラの流行がある。19世紀の気候学者たちが各地のコレラ雲の観察から、その理論を構成して概念化しようとしたものである。

コレラはもっとも研究された病気だが、「コレラ雲」はこれまで歴史家たちに取り上げられてこなかった。一つの理由は、これまでのコレラ研究は基本的に regimes of difference を対象にしたからである。病気は世界や社会における差異化とその分節を測るプリズムであった。地域、階層、宗教などによってコレラの知覚や理解や対応が差異化されるありさまを構造化することがこれまでのコレラ研究が大きく共有していることであった。「コレラ雲」は、そのモデルと大きく異なった視点が必要である。それは世界の各地で観察され、社会のさまざまな階層の人々に目撃された。19世紀の「グローバル・カルチャー」の中に位置づけられたと言うことすらできる。この歴史を書くことは、通常の空間を超えて、「共有された空間」について論じることになる。つまり、マテリアルな物体性を持つ歴史というよりも、「スペキュラティヴなリアリズム」「超越論的な経験主義」「本質を持たない対象」としてこれを概念化する必要がある。このようなものが、グローバル・カルチャーの先駆けとなった。地域性を超えて広い範囲で共有されていると同時に、堅固な地域性も持っている。エキゾティックなものの魅力と見知らぬものの恐怖を持っている。

日本でコレラ雲が出たという報告は私は読んだ記憶がないが、これは見落としかしら。