バイオマーカーと初期診断の権力について

Singh, Illina and Nikolas Rose, “Biomarkers in Psychiatry”, Nature, vol.460, 9 July 2009.
現在来日中のニコラス・ローズと同僚が執筆した、精神医学におけるバイオマーカーの利用について。ローズは現代の生命倫理と医療の社会科学の大家の一人であるし、短いけれども非常に読みごたえがある議論だった。共著者の Singh さんについて調べたら、ローズと同じキングズ・コレッジ・ロンドンで、2011年にスタッフ20名を超える医療社会科学学科が設立されたことを知る。

精神医学は医学の他の分科に較べて身体性・科学性・厳密性が低い分野であったが、近年、身体医学の方法と概念を取り入れるようになった。精神的な症状ではなくて生理学的な指標である「バイオマーカー」をとり入れるようになったのである。これによって、診断、疾病の経過の予測、そして治療を個人にあわせることが可能になった。疾病によっては、これらは病気そのものではなく、個人的な行動の傾向、性格、知的・情動的な能力についての指標にもなる。これらが臨床的に大いに意味を持っていることはもちろんである。しかし、臨床という狭い領域での利得という視点を超えて考えた時に、バイオマーカーが人々にどのように意味をもつか、社会・倫理・法の視点で分析するべきであろう。特に、子供について言うと、子供が教育される教室という次元があり、また子供の問題行動を処罰したり指導したりする次元がある。とくに、このバイオマーカーが疾病の将来的な経過についての予測を含み、あるリスクが起きる可能性を説明するので、子供の将来の姿についてのある種の予言となる。ポイントは、このようなリスク・プロファイルを伝える方法は何か、personal identity にどのような影響を与えるか、数値と画像というインパクトがあって単純な指標なのでoversimplify されがちなことに対抗して、どのように人格の複雑性という概念を保持できるのか、そして顧客の需要に応じてこのような検査をして情報を売る商業サービスの問題にどのように対処したらいいのか、という問題である。