坂口安吾「白痴」と、精神障害を露出した生活

坂口安吾「白痴」
坂口安吾「白痴」を読んでおく。戦争末期の東京・蒲田のあたりに住む新聞記者の生活を通じて、空襲で最終的に破壊された生活の空虚さを描いた作品である。そこに描かれている精神障害者の生活ぶりが大変面白く、戦前の東京における精神障害のあり方について多くを教えてくれる作品だと思う。もちろんフィクションだから注意しなければならないけれども、精神病院の症例誌や同時期の精神病調査などと符合する点も多い。

主人公が住んでいる蒲田のあたりは、安っぽい街並みに安アパートが林立する地域で、そこには工場があり妾と淫売が住んでいる。肺病患者は家の小さな離れに閉じ込められ、兄と妹が近親相姦をしていたが兄に女ができて妹が自殺するような、当時の日本の医学と精神医学と優生学の問題のふきだまりのような地域である。ことに問題なのが、主人公の隣に住む「気違い」の一家で、かなりの資産家なのだが、夫は気違い、妻は白痴、母親はヒステリーという、言ってみれば優生学的な悪夢のような家庭である。母親は興奮すると狂騒的で病的な大声で叫び、夫は活発で、お遍路さんに出たり、隣家に侵入して飼っている豚や家鴨や鶏とからんだり、防空演習の時に奇矯な行動をしては人々に演説を垂れたりする。妻はおとなしい白痴だが、いつでもヒステリーの母親に怯えている。その妻が、ある夜に主人公の家に入っていて一緒に生活を始めるうちに、昭和20年の4月の東京の大空襲の中を、その女と一緒に爆撃から逃れる話が後半の山場である。

中世人は公衆の面前で生活していたといったのは、アリエスだったかしら。人々の眼前に精神障害を露出しながら戦前の東京人が生きていた様子が感じ取れるフィクションである。読んでとてもよかった。この一方で、精神病・ハンセン病・結核などは家筋に遺伝するということで「秘密」であったというメカニズムがよく分からない。