日本精神医学の戦争経験と戦後のノイローゼ論

加藤正明『ノイローゼ』

重要な一文を見つけたのでメモ。もともと昭和30年に「創元医学新書」の一冊として出版された書物だが、これは昭和56年の大きな改訂の時に書かれた言葉で、それまでの版には出てこない。

「この本の初版が出た昭和30年からすでに26年を経過した。この期間に本書の改訂を試みることを何回か考えた。しかし、ノイローゼのテーマは、昭和13年に筆者が召集されて以来、日本の軍隊に多発した戦争ヒステリーの治療体験と、南方の発展途上国で観た異なる文化の中でのノイローゼの観察という貴重な資料のなかから生まれたものであった」という台詞がある。

この説明を読むまで気がつかなかったのが恥ずかしいが、まさしくその通りである。冒頭での導入のあと、第3章・4章の「神経症の実験」「適応の限界」ではナチスの収容所の例とビルマのナ・ウィンの例が、5章の「危急反応」では大戦、砲撃、爆撃、そして面白いことに震災などが、6章では戦争神経症そのものが、7章の拘禁・抑留では、ナチスやアメリカの日本移民の収容所、加藤自身もそこに滞在したビルマとタイの収容所の様子が描かれ、第8章では、「社会変化への適応」という章で、社会の変化への適応と神経症の関係が論じられる。つまり、戦争とその諸相の経験を経て、新しい戦後の社会に適応している日本のありさまである。戦争と帝国に深く結びついた精神医学の洞察・知見を、戦後の社会の精神衛生に生かそうという取り組みが日本にもあったということの確認。