エラリー・クイーン『Yの悲劇』

エラリー・クイーン『Yの悲劇』
本格推理の傑作としてタイトルを知ったのが中学生の頃だから、35年ほどタイトルだけ知っていて読まなかった本である。三分の一世紀にわたる無知を激しく恥じる内容だった。推理小説だからネタバレを警戒しますが、以下は内容に触れる部分があります。

ストーリーは梅毒と優生学である。ある富裕な一家が、梅毒の水平感染と垂直感染(母子感染)に徹底的に蝕まれ、現在の家族が祖母から孫までみな梅毒がもたらすさまざまな疾患や特徴を示しているという状況である。心臓麻痺、精神病質、異様な性格、あるいは異常に優れた才能など、梅毒の多様な症状が家族中に蔓延している。梅毒の秘密が明らかにされる箇所は、医学史的には、この推理小説のハイライトといってよい。この梅毒一家の問題をどのように解決するか、ナチスのような断種によらない方法が論じられる箇所は、もう一つのハイライトである。

Yの悲劇が出版されたのは1932年、翻訳されて江戸川乱歩らに激賞されて探偵小説の鏡と言われたのが1937年である。ちょうど優生学の全盛時代にあたり、探偵小説が優生学の普及に深く結びついていたことが予想される。

・・・医学史的にこれほど重要なマテリアルで、推理小説の古典中の古典で、現在も読まれている圧倒的ベストセラーを、なぜ私は知らなかったんだろう。