ジゲリストと「舞踏病」の民俗学的な解釈

 ヘンリー・ジゲリストの Civilization and Disease は医学史の古典中の古典であり、岩波新書から『文明と病気』として翻訳されている。その中に「病気と音楽」(下巻 pp.123-146)という有名な章があり、そこでジゲリストは中世の時代に南イタリアのアプリアに始まったある種の流行病である「舞踏病」を取り上げて、その流行病について民俗学的・文化人類学的な解釈を加えているので、それについてメモ。  舞踏病というのは、もともとは酷暑で乾燥した地域であるアプリアの病気で、毒蜘蛛タランテュラに刺されると、奇妙な衣装を着けて集まって踊り狂い、音楽と舞踏が唯一の効果ある治療法で、そのための音楽は「タランテラ」という非常に速いテンポで演奏されたという、それ自体が興味深い現象である。しかし、より重要なのは、ジゲリストが民俗学の視点を用いて解釈していることである。この地域はギリシア人が移民した「マグナ・グラエキア」であり、そこには古代の信仰や慣習が残存していた。それは、ディオニソス、キュベレー、デーメーテールなどの古代の神々を信じ、その礼拝の儀礼においては、好色的で猥雑な大騒ぎ、物狂おしい踊り、ぶどうの葉でできた衣装、バッカスの杖を持ち、淫らな言葉と行為などを行っていた。これらは、舞踏病と一致する行為である。すなわち、舞踏病は、ヨーロッパの周縁地域がキリスト教化されるときに、かつての罪深い祭礼が「病気」の枠組みで再現されたものである。その地域に特有の「神経症」が作られ、その背景には民俗と宗教、古代と中世の対峙があるという解釈の構図である。  少なくとも新書では史学的な実証は試みられてすらいないが、この視点は、20世紀の後半にギンズブルグが一連の著作で試みた、古代からの民俗的な儀礼とキリスト教の緊張関係と、その中で儀礼が異なった意味を持つということと同じ構図である。