『レオ・アフリカヌスの生涯 』(リブロポート, 1989)

レオ・アフリカヌス(c.1494-c.1554)は、グラナダに生まれ、フェズで育ったのち、地中海のイスラム世界の各地を回り、最後には捉えられてキリスト教に改宗した人物である。彼が著名な理由は『アフリカ地誌』と呼ばれている書物で、1526年に完成して1550年代にはイタリア語で刊行されてすぐにラテン語や各国語に翻訳され、ルネサンス人にアフリカという世界を伝えた基本書となった。 アミン・マアルーフの小説はレオ・アフリカヌスの自伝的な形式で、解説によると、そこそこの程度は史実に沿っているらしい。  フェズの浴場が女湯になる時には、そこに女占い師、魔術使い、治療師が来て、客の願いを聴いて商売をするという。呪いをかけること、藁人形に魔法を仕掛けること、不老長寿の薬を売る、おそらく惚れ薬を売ったりもするのだろう。このタイプの女性治療者は私たち医学史の研究者にはおなじみで、中世から近世のイタリアやロンドンの大都市でよく研究主題になっている。フェズでは浴場で商売をするのか。 主人公がフェズの病院の精神病棟で仕事をする場面があり、この情景は(いやに)正確に記述されているから、具体的な史料に触れたのだろうか。病院には看護婦が6人、ランプ係りが1人、番人が12人、炊事係が2人、清掃夫が5人、門番が1人、庭師が1人、所長が1人、助手1人、秘書3人、患者がたくさん。しかし、医者は一人もいなかった。フェズの人間は自宅で療養するのを好むからここに来るのはすべて外国人で、地元人で入院するのは精神病患者だけ、たくさんの部屋があり、四六時中足を縛られていたとある。 話の主要な構成要素になっているのが、主人公の姉がハンセン病患者として特別地区に隔離され、そこから救出されるエピソードである。「フェズではただ『病』と言えばハンセン病であり、『地区』とだけ言えば、彼らが隔離されて暮らす特別地区である」とあるように、この地域でもハンセン病患者の隔離が行われていたらしいが、そこに、本来はハンセン病に罹っていないマリアムを復讐のために閉じ込めるという主題が現れる。ヨーロッパには似たような事例があり、モロッコにもあるのだろうか。