『江戸怪談集』より精神医学史・医学史関連のメモ

『江戸怪談集』高田衛編・校注、上・中・下巻(東京:岩波書店、1989) 江戸の怪談集から抜粋したコレクションを読み、精神疾患と医学関連の素材のメモを取る。 狂気の娘と死骸のこと 旅僧が一夜の宿を乞うた家、男と女が住むが、その場で病の妻が死んでしまい、男は僧に留守を頼んで少し離れて親類を呼びにいく。僧が死骸と二人で待つと、髪が葎のように乱れた若い女がやってきて死体に話しかける。その様子は異様で、死んだと言っては泣き、死骸をくすぐって「笑え」と言ったり、目や口を吸ってうれしそうにけらけらと笑う。妖怪かと思って僧が睨むと「怖い」と言って逃げ出すが、すぐに帰って来ては泣き笑うことを繰り返す。追い出すと、背戸にまわって覗き込んでは「うれしい」などと言い、けがらわしい雰囲気である。のちに男が帰って説明するには、気が違った娘であり、山に小屋を作ってそこに住まわせていたが、自分が出たのをみてやってきたのとこと。(宿直草、上巻 168-171) >> 留守宅で死骸と二人きりでいると狂人がやってくるというほぼ同じ趣向の話が『諸国百物語』、下巻108にあり。 僧が人を呪い殺すが、逆に狂気となること 僧が女と通じて、それをある男に知られる。金を与えて秘密を守ろうとしたが、その男が人に語って露見してしまう。僧はその男を呪い殺すために人形を作って刀で刺して、結局は呪い殺すことに成功する。しかし、それから10日ほどして、僧は狂気に取り憑かれ、裸になって野を鳥獣のように駆け回り、立ち止まると地から剣が出ては足を貫くと言ってはまた走り回り、草木に触れてもそれを刀で刺されたという。それが三日三晩続いた。とうとう代官に捕えられて馬で村に返されるが、馬上でも剣に貫かれるという。牢をこしらえて、番人をつけて閉じ込めることとなった。(片仮名本・因果物語 100-102) >> 剣樹刀山の地獄になっている。続く話は下女をあぶり殺した男が火の病をうけて水を与えても火と思い、熱い苦しいと言いながら死んでいく話。 禅と狂気の話 ある僧が座禅して異相奇特を見て、これを悟りを思いこんで、他人を誹謗し思い上がってやがて気ちがいになった。 ある女性が座禅をして悟りを開くように勧められ、30日で三尊の来迎があった。翌日は「口味なくして、味を好む気があった」ので(意味が不明)、前世は猫だったのかと思うと(ますます不明)、その夜猫が来て目の前に現れた。その後、毎夜、猫が来迎した。それを知った和尚が、すべては妄想であり気ちがい煩いであるといったので座禅をやめると、その「気」が減り、来迎もなくなり平穏になった。 よりましの話 よりましの様子。12,3歳の少女を裸にして、身体中に法華経を書いて、両手に御幣をもたせ、120人の僧があつまり、120のろうそくをともして、枕元に檀をおいて、名香を焚きながら、息も継がせぬ勢いで教を読むと、よりつきが成功して悪霊が顕れた。(平仮名本・因果物語、下巻 171-2 ) 樹木の精を傷つけたために狂気した話 京に大きな榎の木があり、これは「主」であると考えられて枝も切らなかったが、ある無鉄砲で傲慢な男がこれの枝を払い、幹を切り倒そうとする。用人に伐らせようとしたが、斧をいくつか入れると目くらみがして心苦しくなり、伐り倒すことができない。その夜、若い女が現れて足の傷を見せながら物言いたそうに見つめて泣いたが、男は沸いた茶を女の顔にかけて追い払う。しかし、男はすぐに狂乱し、おめき叫んでは斧を持って己の足手に切り付け、湯を沸かす金属の丸い器をとっては茶を浴びては「熱い、耐えられない」と悩乱すること二刻ばかりして狂い死ぬ。(新御伽婢子、下巻 242-244) 人はなぜ狐に憑かれるか 狐つき。憑くしさいは知りがたいが、憑かれる由縁はわかる(「仔細」と「由縁」の違い、重要だけど意味不明)。内虚するときは外邪がはいりやすく、その隙をうかがっている。人の喜怒哀楽の七情のひとつでも過ぎると心の主人が外に離れることになり、心がうつけの時には、その隙がうかがわれる。本心が正しい人は狐もたぶらかせない。(新百物語評判、下巻 327-332) らい病患者が食い殺されること らい病の患者の足にネズミに次々とやってきては食いつき、叩き殺しても続々と現れ、板囲いをつくってもそれを食い破ってはやってくるので、ついにネズミに食い殺されてしまった(宿直草、上巻 120) らい病患者と人肉食の話 らい病は人肉食によって治療されるという説があり、ある人物が、らい病の気がある知人が死体置き場で小刀で死体から肉を切り取っているのを見る。その知人宅にいくと、彼が寝ていたので不思議に思って訪ねると、死体を食ったせいで口が生臭いという夢を見たという。この話を告げると、彼は世をはかなんで出家して、らいもよくなって乞食をしたという。(片仮名本・因果物語、中巻 178-9) 道祖神と疾病 道祖神のもとは、亡き人のしるしの仏体であるが、長く路傍にあるうちに名も消えて誰も弔わなくなり、亡者の妄念と亡魂で病気を起こす。起こす病気は瘧と疫病。流行るときは、道端に捨てられた石塔を縄で縛り、亡霊を捉えればよい。(新百物語評判、下巻 345-349)