医学史研究の過去・現在・未来―草稿(03a)

 『科学史研究』に寄稿する「医学史研究の過去・現在・未来」の部分的な草稿です。まだ不完全な草稿ですので引用はお避け下さい。注の中で必携の英語文献を並べて説明する部分があります。この部分は『科学史研究』の読者にとってどの程度必要なのか、まだ判断できないでいますが、おそらく残すと思います。 全体は10,000字で、この段階で約5000語ですので、残りは日本を軸にした医学史研究の現在と未来にあてることができます。良いペースだと思います。

 

1月30日が締め切りです。それまでに編集長や前編集長や、『科学史研究』の読者の皆様のご意見がいただければ幸いです。

 

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 1990年代から現在にかけて日本で形成されている新しい医学史研究は、欧米における医学史研究の充実とタイムラグを伴って並行した形で起きており、そこには直接・間接の影響や、欧米と日本に共通する社会・文化背景の影響などを見て取ることができる。

 欧米において医学史研究が劇的に変化したのは1980年代以降である。数量的に研究のアウトプットは急激に増加し、学術書・論文集・個々の論文は膨大な数が出版されるようになった。質的には、研究者の数の増加による水準の向上だけでなく、研究者の背景・所属の構造が変化し、取り扱う主題も拡大して、歴史記述の概念装置も隣接の分野から影響を受けた多様なものになってきた。このような発展は、既存の研究の体制と融合して、伝統がある医学史の学科・研究所・学会・学術雑誌などを進化・発展させるとともに、新しい学会・学科・学術誌などの拠点が築かれることとなった。80年代以降の医学史研究が著しく多様化し多方面に発展したにもかかわらず、現在の研究者の間にある種の統合性が感じられるのは、新たな研究をまとめる仕掛けも並行して作られてきたからであろう。イギリスのウェルカム医学史研究所(旧称)やアメリカの国立医学図書館などの既存の機関が、新しい研究をまとめて発信する情報のハブとして機能を拡大するとともに、参考図書としてのレファレンス、学生向けの教科書、学者向けに方法論や視点を論じた著作など、新しい研究成果を編み込んだ標準的な書籍が何冊も出版されている。[i]

 



[i] 2000年近辺までの英語圏を中心とする欧米の研究状況については、鈴木晃仁「医学と医療の歴史」斉藤修他編『社会経済史学の課題と展望』(東京:有斐閣2002426-439でまとめた。そこで言及しなかった文献や、それ以降に刊行された標準的・全体的な著作の中で、必携の重要書を列挙する。

 

医学史全体のレファレンス。Bynum & Porter Companion Encyclopedia of the History of Medicine (1993)にかわる最新の全体的レファレンスである。

Mark Jackson ed., The Oxford Handbook of the History of Medicine (Oxford: Oxford University Press, 2011)

 

20世紀の医学史に特化したレファレンス

Roger Cooter and John Pickstone eds., Companion to Medicine in the Twentieth Century (London: Routledge, 2000)

 

医学者の人名事典。5巻本で西欧だけでなく世界諸地域をカバーする。

W. F. Bynum and Helen Bynum eds., Dictionary of medical biography, 5 vols., (Westport: Greenwood Press, 2007)

 

初期近代から20世紀までの医学史の教科書と資料集。

Peter Elmer ed., The healing arts : health, disease and society in Europe, 1500-1800 (Manchester: Manchester University Press, 2004)

Peter Elmer and Ole Peter Grell eds., Health, disease and society in Europe, 1500-1800 : a sourcebook (Manchester: Manchester University Press, 2004)

Deborah Brunton ed., Medicine transformed : health, disease and society in Europe, 1800-1930 (Manchester: Manchester University Press, 2004)

Deborah Brunton ed., Health, disease and society in Europe, 1800-1930 : a source book (Manchester: Manchester University Press, 2004)

 

医学史の方法論についての議論をまとめた論文集。

Frank Huisman and John Harley Warner, Locating Medical History: the Stories and their Meanings (Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2004).

 

一般向けの書物としては以下の三冊が長い寿命を保つであろう。Porter の書籍は単独の個人が書き下ろす医学史全体の書物としては、しばらくの間は超えられない水準の必携書である。Bynum & Bynumはイラスト付きの医学史の書物として、Dobson はイラスト付きの疾病の歴史の書物のそれぞれ決定版であろう。

Porter, Roy, The Greatest Benefit to Mankind: A Medical History of Humanity from Antiquity to the Present (London: Harper & Collins, 1997)

William Bynum & Helen Bynum eds., Great discoveries in medicine (London: Thames & Hudson, 2011) 『Medicine : 医学を変えた70の発見』鈴木晃仁・鈴木実佳訳(東京:医学書院, 2012

Mary Dobson, Disease : the extraordinary stories behind history's deadliest killers (London: Quercus, 2007) 『Disease : 人類を襲った30の病魔』小林力訳(東京:医学書院, 2010