f福音主義と公衆衛生と巨大博愛団体

Ettling, John, The Germ of Laziness: Rockefeller Philanthropy and Public Health in the New South (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1981)

ロックフェラー財団は、キリスト教的博愛主義の精神に基づく巨大な慈善団体であり、医科学と公衆衛生に莫大な資金を投じて20世紀の医学医療に大きな影響を与えた。20世紀初頭から中葉の日本の医学の歴史でも、ロックフェラー財団が出資した重要な図書館、研究所、研究プロジェクトなどは重要な役割を果たしてきた。ロックフェラーは優れた文書館を持っているので、日本におけるロックフェラー財団と医学についての博士論文がもしまだ書かれていないとしたら、すぐにも研究が始められるべきであるし、かりに数本書かれていたとしても、まだまだ議論を組み立てる広がりをもつ領域だと思う。

 

この書物はロックフェラー財団がアメリカ南部の鉤虫症を撲滅することを目標にした大キャンペーンを行ったありさまを描いたものである。主人公は牧師の息子でドイツに留学して医学・動物学を勉強したチャールズ・スタイルズであり、彼が行ったキャンペーンを助けたロックフェラー財団の関係者であった。福音主義と結合した科学と巨大資金が、南部の田舎で人々をむしばむ病魔と不健康と怠惰と堕落と出会い、その「原因」を明らかにして、その原因を取り除こうとする物語である。30年前に書かれた新しい医学の歴史の古典であり、日本でもすでに見市先生が本書を紹介しながら論文を書かれている。いまだに読み応えがある。

 

 

スタイルズが、アメリカの田舎で生まれ、閉鎖的で宗教色が強い風土に染まる一方で、強力な正義と神の道への志向を培われながらヨーロッパに行ったこと、世界有数の文化都市であるベルリンで学んだこと、アメリカに帰ってきてその田舎の惨状に心を痛めたこと、そして科学を用いてその原因を発見して巨大資金を得て改革しようとしたこと。これとよく似た経路が、日本の医学者たちの一部にあてはまるような気がしている。日本の田舎から出てきて、東大で学び、ドイツの一流大学で学んで日本に帰るが、そこで日本の田舎の貧困と不健康と旧弊を<医学的に>説明することに乗り出すという経路である。ぱっと思いつくのは、優生学・民族衛生学の指導的な学者であり、金沢医大学の教授から厚生省に入って戦中の民族衛生政策の研究に大きな力を発揮した古屋芳雄であるが、古屋はむしろ田舎を守って都会を貶そうとした立場だから、少し違う。でも、この問題を心にとめておこう。