『代替医療解剖』

サイモン・シン, エツァート・エルンスト『代替医療解剖』青木薫訳(東京:新潮社, 2013

 

サイモン・シンはイギリスで活躍している著名なサイエンス・コミュニケーションの著作家で学者の一人。『フェルマーの最終定理』『暗号解読』などの質が高い評論が国際的に高く評価されている。この書物は医師のエルンストと協力していわゆる代替医療を批判的・科学的に吟味した書物。鍼、ホメオパシーカイロプラクティック、ハーブ療法の四つの代替療法が吟味され、いずれも批判的な結論が導かれている。冒頭におかれた章は、療法の効果を科学的に吟味する方法の歴史的な展望であり、アメリカ大統領のワシントンが過度の瀉血で死亡した事件、18世紀のジェイムズ・リンドの壊血病の予防の実験、19世紀初頭のアレキサンダー・ハミルトンの瀉血の効果測定の実験、19世紀中葉のナイチンゲールの陸軍の衛生と疾病の関係の研究、そして20世紀中葉のヒルとドールの喫煙と肺がんの関係など、いずれも高い水準の記述である。また、末尾の章は、プラセボ効果についての批判的な論述となっている。特に、イギリスのチャールズ皇太子代替医療を熱心に信奉していることを踏まえて、科学的に根拠がない代替医療を放置することの危険を説いている。全体としてはシンプルで分かりやすい議論の構図になっていて、科学的に効果が証明された療法を擁護し、そうでないのに大きな人気を得ている代替療法無意味さと危険を指摘する書物であるが、質が高い記述であり、私自身も共感する部分が多い。もちろん、プロの医学史家として言うと、なぜ代替療法が流行しているのかという問題に応えるリサーチや議論はないが、それはまた別の主題であり、この書物が必読の一冊であることは変わりない。