ベルナール『実験医学序説』

クロード・ベルナール『実験医学序説』は、医学や生物学のみならず、エミール・ゾラ自然主義の文学や、哲学者たちにも大きな影響を与えた。岩波文庫の三浦訳は、1938年初版だから、一度の改訳を経て都合80年続いた訳書である。実験医学、生物を対象にした実験についての分析だが、第3編・第4章が、臨床医学における実験医学の意義を周到に論じた箇所で、医学史家はもちろん必読である。

 

観察科学と実験科学の違い。前者は天文学のように、現象を観察し法則を発見し予知するが、それを変質はさせない。後者は物理学や化学のように、予知だけでなくそれを思うように調整し支配するという目的を持つ。観察医学と実験医学もこれと同じ。歴史的に言うと観察医学の精神はヒポクラテスにあり、別名を期待医学という。病気の経過を観察し予知するが、その進行には干渉しない立場である。実験医学は、法則の理解に基づいてこれに介入することを試みる。それなら実験医学は、観察医学・経験医学とどのような関係を持っているのか。両者は、まず観察医学があり、それに基づいて実験医学が行われるという、第一期から第二期へという関係を持つ。ベルナールが書いている時点においては、医学はまだ基本的に第一期にいるが、第二期への移行が始まっている。実験医学をめざして進まなければならない。現在知られている現象を説明し、まだ説明できない部分には将来の分析を待つような、前進的・分析的な歩調が必要とされる。これに反すれば実験科学はむしろ退歩する。だから、医学はまず臨床的な観察からはじめなければならない。実験医学の方向性と精神は臨床家を持たねばならない。臨床医学は不正確な概念を利用すべきでないし、臨床的なカンを過度に重視して経験主義の牢獄にはいるべきではない。またその一方で、医学を技能とみなすべきではない。医学は科学であるのだから。