天正・慶安期の医学における<症例>

曲直瀬玄朔原著、高島文一註釈『医学天正期について』(京都:私家出版、2009)

『医学天正期』は天正年間から慶長年間にかけて曲直瀬玄朔が記録した診療の記録。60の疾患部門に分けられ、合計で300余名の患者について記されている。(同一の患者が複数部門に登場する場合もあるようである)疾患部門の名称としては、よく知っているもの、名前は聞いたことがあるもの、まったく見当がつかないものがあり、麻疹・瘧疾・痛風脚気・痘瘡といった名称が出て来ると安心するが、読み方すら分からない名称もある。患者の中には、正親町天皇後陽成天皇、公家や公達、豊臣秀吉徳川家康毛利輝元蒲生氏郷小早川秀秋淀君などの著名な患者も多くいるとのこと。

 

ここに集められている記録が<症例>かどうかという問題。もっと絞り込むと、西洋医学でいうところの case と較べることができるかという問題。私は中国医学のテキストを読むことが全くできず、その限界の中での意見だが、症例と言って構わないと思う。基本的なジャンルの構成要素が西欧医学の症例、たとえばヒポクラテス文書の『流行病論』の症例記録ととてもよく似ている。病名が確定していること、個人の患者であること、症状を中心とした記述であること、病因・学理・註釈といった他の要素は(おそらく意図的に)欠如していること、診療した日付ごとに配列されている継時的な構造を持っていること、日付がない場合でも継時的な意識を持って症状などが記されていることである。一方で、ヒポクラテスとの違いを上げると、治療の記録にかなりの重点がある記録である。症状が比較的簡単に記述されているのに対し、与えた薬の内容は詳細に記されているという印象を持つ。

 

この症例を記すようになったエピステメー、そしてそれが著名な医学テキストになった理由を考えると面白いだろうが、それを考えること私の力をはるかに超えるので、疑問として持っておく。