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『病める薔薇』より乳がんの図像など

話題の医学史画集である The Sick Rose に目を通す。文献はRichard Barnett, The Sick Rose: Or, Disease and the Art of Medical Illustration (New York: D.A.P., 2014).

 

疾病ごとにインパクトがある図像を集めて簡潔な説明を付けた画集。これまでもよく分析で用いられた著名な画像も含まれているが、彩色が非常に優れた病理のイラストが多いのが特徴だと思う。疾病としては、皮膚病、ハンセン病天然痘結核コレラ、がん、心臓病、性病、寄生虫症、痛風である。

 

日本のマテリアルは、神田玄泉著、榎本玄昌新訂の『痘疹精要』という痘瘡についての書物が、イラストに凹凸をつけて触れたときの触感を表現していることに着目して、何枚もの図像を用いている。日本の画像が紹介されて多少嬉しい。実際、触感が医学のイラストで表現されたことなど、あまり考えたことがなかった。ただ、イギリスの日本医学史研究の水準はたとえばアメリカに較べて高くないという印象をもっているので、色々な記述に不審の目をもってしまう。「榎本玄昌」に「えのきもと (Enokimoto)」という珍しい読みを振っていることも、本当に調べた読み方なのか、適当につけた読み方なのか疑問を持ってしまう。ちょっとネット上で調べたら、榎本玄昌は森鷗外の『伊沢蘭軒』で触れられている医者だが、そこでは特に「えのきもと」とルビをふってはいないことを記しておく。

 

ハンセン病について、中世ヨーロッパで用いられた木製の支えのイラストがあり、患者の体が地面に触れないようにするための仕掛けだったことを知った。腰につけて下げておくと木の板が打ち鳴らされて音を立てる道具や、物乞いするためのお椀に長い柄がついていて、施しを受けるお椀も、柄が長くて感染しないように距離を保つことができる仕掛けなどが印象に残った。このあたりの図像も、授業のために集めて一つのスライドにしておくといい。

 

もう一つ、『乳房榎』でも読んだ病気である乳がんのイラストにインパクトがあった。これは19世紀の中葉の図像。なるほどこのようになったのか、ここからは異形の怪鳥が出てきてもある種の説得力があるなと実感する。また、このイラストをウェルカムの図書館で探すときに見つけたのが、女性の解剖、特に妊娠と胎児の様子を示す時に用いられる、一枚ずつめくっていく方式のイラスト(1841年)をみつけて、あらためて医学と医療の中枢が男性だけのものだった時期に、女性の身体に神秘性と秘匿性が与えられていたことを実感する。