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「ブロディーの報告書」

晩年のボルヘスの短編集が岩波文庫から翻訳されており、その末尾に収められている短編が「ブロディーの報告書」である。ブロディー博士なるスコットランド出身の宣教師が南米を訪れて、密林の中に「ヤフー族」なる原始的な人間の種族を発見し、彼らとしばらくともに暮らした報告書という設定になっている。「ヤフー族」というのは、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』の第4部に登場する「ヤフー」に言及しているが、両者はだいぶ異なった概念である。スウィフトのヤフーは、同じ国に住む高貴で賢明な馬たちとは対照的な、強欲で下劣でヒューマノイドであり、スウィフトが感じた人間社会に対する道徳的な絶望感を物語っているが、ボルヘスのヤフーは、意味ある何事かを行うことができない人間たちである。ボルヘスのヤフーたちが私たちに持たせる感情は、下劣な行為として軽蔑を起こさせるという昔のヤフーのそれではなく、その無能力と無意味さに困惑の念を持つのである。

幾つかの例を挙げよう。たとえば、食事は人目につかぬところで行わなければならない。だから、彼らは目をつむって食事をする。生まれて来る赤子は、王となる聖痕を持っていないか調べられる。その聖痕があれば、彼を去勢して両眼を焼き、洞窟の奥に押し込め、二人の女奴隷が王の全身に糞便をまぶす。彼らは記憶を持たない。豹が被害を与えたことを語ることはできるが、それが彼ら自身の体験なのか、父母の体験なのか、それとも夢の中の出来事なのか、彼ら自身が知らない。

 こういったヤフー族の原始性は、下劣さや卑しさではない。彼らの行為と精神は、目的も意義も作り出すことができない支離滅裂さを持っており、その支離滅裂さが、彼らの原始性なのである。ちなみに、ヤフー族は、かつては文明を持ち高い文化を持っていた証拠があるが、その全てを忘れて退化した種族であるという。裏返せば、私たちの未来を待つのも、下劣さというより支離滅裂さであるということだろう。