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『モレルの発明』と精神病の主題

Adolfo Bioy Casares, アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』清水徹牛島信明訳(東京:水声社、1990, 2008)

『モレルの発明』は、1940年にアルゼンチンの作家カサーレスが発表したSF小説であり、カサーレスはこの作品で名を成した。人間を撮影した画像や映像が記録されていることはどういう意味を持つか、そして人間や人体が死滅するのに対して、その画像・映像が死滅しないとはどのような可能性を与えるのかを探求した作品である。その主題と同時に、20世紀には精神病と精神病院が芸術的な想像力にくっきりとした影響を与えていたことを示す作品である。私の関心にひきつけると、精神医療の臨床において、個人について記録することと精神病・精神病院の主題が深く関係しているのは当たり前だが、両者の関連は文化の中でも表現されていることが示唆されている。

 

精神病と精神病院の主題は、物語の基盤とあらゆる箇所に現れている。そもそも、主人公であり、語り手でもある男性が、「あの連中はみな気違いで、この島全体は精神病院だったのかもしれない」と語っているように、この作品全体が精神病と精神病院にかかわるものだという可能性は、まるで隠れた柱であるかのように作品を成立させる重要なものである。あるいは、この主人公と語り手自身が精神病で、この作品全体が精神病患者の妄想だという可能性もある。これを示唆するような物語の基本形式である。この作品は、南太平洋の無人島らしく見える島に流れ着いた男が主人公であり、彼が記録した語りが小説となっている。数回ではあるが興味深い仕方で、この語りを入手した刊行した人物の註がついていて、個人的経験・記録・編集・公共化というメカニズムにしたがっていることが明示される。精神病患者の経験や記録が発見され、それが編集され解釈されて、まずは精神医学の知識になり、それから公共の知識になっていくという流れは、20世紀の半ばには完全に確立されていた。そのパターンをなぞって作品にされている可能性もある。

 

もう一つ引用されているのが、マルサスである。この時期は、優生学との関連もあってマルサスが重要であったが、この作品もさかんにマルサスに言及する。刊行者の註には、次のような行で始まる詩も付されているという。

 

いざ、マルサスよ、キケロの雄弁もて示せ

発情せる人類が子を産みつづけるとき、

やがては地の糧も尽き果てて、

幼な子は飢えて死ぬ日の来ることを。