「家族の外に住む人々」(戸田貞三)と精神医療

戸田貞三『家族構成』(1937; 東京 : 新泉社, 2001)

日本社会学の古典の一つ。1920年国勢調査からのサンプリングを主たるデータとして、それ以外の比較的小規模の調査の結果も参考にして、日本国内のさまざまな地域に関して、家族構成を調べた著作である。その中で、「家族の内における人々と外にある人々」の主題のもと、家族とともに住んでいない人々の割合が調べられている。家族とともに住んでいない人々というのは、世帯主と近親関係にないもの、具体的には、同宿人、一時の宿泊人、来客、同居人、下宿人、使用人、営業上の雇人、徒弟、女中などのことである。さらに、数は少ないが、軍隊、刑務所、およびその他の特別区域内に住むものも集計した。人口全体では全国で1割強が、年齢階層別の青年層である15歳から25歳では、男子が5-4割、女子では2―3割が家族の外に住んでいる。この割合は、大都市において高く、東北五県や僻地などの地方部において低い。東京では人口全体の3割弱が、15歳から25歳の年齢階層においては、男性の7割、女性の5割程度が家族の外に住んでいるという非常に高い数値である。大阪や他の大都市でも全国平均よりも高い。都市には家族の外に住む人々が多いのである。

この現象は、家族にとって固有の機能と、近代の文化の社会が提供する他の機能の関係として捉えられている。「家族内に生活の根拠を持つ人々の数の大小は、近代的都市文化の消長と逆比例的な関係にある」(129)と考えられている。裏返すと、東京や大阪、あるいは横浜、名古屋、神戸、福岡などの大都市には、家族の外に人々が住む仕組みを作り出していたのである。

戦前日本の都市部と地方部の精神医療のありかたの違いを説明する鍵の一つは、この家族構成の違いにある。地方部においては、精神病患者はその家族とともに住む形態が強く、都市部においては、精神病院を利用する割合が高いという傾向は鮮明である。精神病院の多くが都市に存在し、大都市を持つ府県では精神病床の数はもちろん人口あたりの病床数も高い。一方で、地方部においては、江戸時代からの制度であり、1900年の法律によって定められた私宅監置と呼ばれる制度を用いて、精神病患者が私宅で監置されている割合が高い。表Xは、戸田の『家族構成』が出版された年に近い昭和10年(1935)のデータであるが、精神病院の都市への集中と私宅監置の地方部への集中は明らかである。この違いは、もちろん精神病医の側の視点から説明することもできる。高い教育を受けて所得が高い職業である医師たちが、診療報酬を確保することができるだけでなく、都会が提供するさまざまな文化を享受できる都市部に開業したいと考えることは当然である。しかし、医師の供給サイドの都合だけでなく、患者や患者の家族の需要サイドの側にも、精神病院への滞在を志向しないという事情があったと考えられる。