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精神医学とメディアと文学

マリー・ボナパルト精神分析と文化論』林峻一郎訳(東京:弘文堂、1971)

 

マリー・ボナパルトはフランスの作家で精神分析家である。フロイトとも親しく、フランスへのフロイト派の導入に貢献した。ナポレオンの弟の曾々孫にあたり(英語で言うとナポレオンのgreat-grandnieceである)、ギリシア王子と結婚した。婚外の男性関係も数多く、また、自分自身がヴァギナへの挿入でオーガズムに到達できないと考えて、オーガズムに関する性科学を発展させた。

この訳書のもう一つ面白い点は、訳者の林峻一郎によるあとがきである。林峻一郎の父親は、生理学者で慶應医学部の教授であった林髞であり、推理小説家としてのペンネームでいうと木々高太郎であった。林峻一郎は、「人生観を異にした」父親との関係について興味深いことを書いている。峻一郎は、父親が所蔵していたマリー・ボナパルトのポー研究のドイツ語訳を観たことがあり、そこにはアンダーラインで書き込みがしてあったという。

テキストの最も重要な特徴は、文学とメディアと精神医学が融合したありさまをよく伝えてくれることである。1925年にルフェーブル夫人が息子の嫁を殺し、息子との近親相姦的な関係が疑われた事件を精神分析している論文や、19世紀から20世紀にかけての著名なネクロフィリアの例として、ベルトラン軍曹が女性の死体をモンパルナスの墓地から掘り出しては性的な関係を持っていた例、そして「ミュイの吸血鬼」として知られる精神遅滞者が、女性の死体を掘り出しては、胸、性器、口、眼などを性的に愛玩して性交したという例を引いている。日本においても、1932年に慶應の学生と素封家の娘が二人で心中したいわゆる「坂田山心中」の際には、死屍愛が話題になるというおまけがついていた。1936年の阿部定事件の時には、精神医学者たちが死肉に群がるようにメディアに動員された。

近現代の精神医学が精神病院という収容施設を軸として発展したことはよく知られている。欧米では20世紀の半ばまで精神病院は拡大発展し続けて、ここに精神医学の発展の重要な契機があった。もう一つの重要な軸は、文学、歴史、そしてマスメディアが伝える重大事件と密着したことである。好むと好まざるとに拘わらず、精神医学は人文科学の主題である文学や歴史と深い関係を持ちながら発展し、特にフロイト派などの精神分析系においては、フロイト自身のオイディプス王の分析など一連の著作もあって、人文科学と深い関係を持っていた。オイディプス王は格調高いギリシア悲劇であるが、マスメディアにおける猟奇的な事件とも精神医学は密接な関係を持ってきた。ご承知のように、それは現在でも続いている。ショッキングな殺人事件などがあると、精神科医がメディアに出てきて、一度もあったことがない人物の精神について論じることは、日常的なルーティンになっている。この慣習は、現在の多くの良心的な精神科医たちにとってカンに障ることであろう。それにもかかわらず続いており、あるいはむしろ発展していることが、歴史がもつ現在を構成する力の大きさを物語っているのだろう。