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電波妄想・アダムとイヴの論争

W.B. シーブルック『アラビア奥地行』斎藤大助訳(東京:大和書房、1943)

William Buerhler Seabrook (1886-)はアメリカ人で宗教学を学び、世界に散在する原始宗教についての調査報告を一般の人々向けの読みやすい書物にして出版した。ハイチのヴードゥー教を悪名高いものにしたのは、シーブルックの The Magic Island (1929)である(すぐに読まなければならない)『アラビア奥地行』は、ハイチについてのヒット作の数年前に出版された著作。学術的な研究というよりも冒険譚で、著者が単身で未開の地に飛び込んで奇怪な宗教を明らかにする躍動感がある物語である。当時のアメリカの帝国主義の雰囲気にあっていただろうし、昭和18年に翻訳出版されたのも、当時の日本の帝国主義の潮流の一角をなすと考えられたからだろう。

 

バグダッド北方の山中、クルド人との国境のモスルに近い地方に住む「イジィデー人」について。イジィデー人はイスラム教徒から異端視・敵視されている民族であり、彼らは悪魔を崇拝しているとされているが、その彼らをシーブルックは訪問した。実際は、彼らは悪魔を信じているというよりも、イスラムから見て激しく異端の立場をとっており、特別な神(預言者)を信じているのを、周囲から「悪魔を信じている」と呼ばれて迫害されているということだろう。興味深い点が二つあったのでメモ。

 

一つは精神病の中でしばしば現れていた妄想が、科学技術が合体していくという現象。かつては精神病の妄想や夢の内容であった行為が、科学技術によって実現されていくという動きがある。典型的なものは空を飛ぶということであるが、面白い主題が電波による影響である。まとまった著作を読んだことはないが、19世紀以来、電波によって自分や他人の心に影響が及ぼされることは精神病の妄想の一つの重要な主題であった。有名なところでは、ハズラムが著作にしたジェイムズ・ティリー・マシューズの妄想がそうであるし、19世紀から20世紀の精神医療に関連するさまざまな資料を読んでいると、電波についての妄想の記載はルーティンだと思う。そこに、最初は有線で、次は無線で、人の声を伝えることができるようになり、20世紀にはラジオが普及した。あえて一般的な言い方をすると、科学技術と精神病の妄想が合体する現象が起きている。この書物で触れられているのは、満州からチベットを通じてクリジスタンにいたるシルクロード地帯には、「発電所」と呼ばれる「七つの塔」があり、人里離れた地域に悪魔を奉ずる坊主が座り込んで神秘な振動を電波で送っているという言説である。この電波による影響を通じて、さまざまな邪悪な誘導が世界に与えられているという。これはもちろん一般の「正常な」人々が持つ陰謀説である。注目したいのは、その陰謀説が、精神病の妄想でしばしば語られている内容と同じものであるちおいうことである。

 

もう一つは、男と女のどちらがより子供の生殖に貢献しているのかという論争であり、生殖には男が重要なのか女が重要なのかという二つの立場である。これはアリストテレスやギリシア医学からの古い主題であり、宗教によっても大きな主題となっている。古典的な著作だとラカーを読めばいい。現在のクルド人が住む地域にもこの主題があり、それを20世紀のフィールドワーカーが聞いたというのはやはり少し驚く。しかも、それに当時はまだ可能性の物語であった試験管ベビーの話も重ねられている。アダムとイブが、それぞれ自分のほうが生殖に貢献していると論争して、実験で決着することになった。アダムは壺に「生命の液体」を、イブも壺に「生命の血潮」を入れて封じ込め、それぞれ9か月保温しておくと、アダムの壺には子供が現れたが、イブの壺には子供が現れなかった。ここにイブもアダムの優越を認めて、それからは二人和やかに子供を作るようになったという。ちなみに、この時にアダムが作った子供、女性であるイブの関与が一切なく、精液のみから作られた子供というのが、たまたま男の子であったが、これはイジディー人の祖先であるという。

 

この物語を聞いて、シーブルックは当時の試験管ベビーの話を思い出す。もちろんそこには卵子という概念もあるわけだが、試験管ベビーが女性の「容器」としての機能を全面的に否定するものであることは重要。オクスフォード大学の生理学の教授で自分や息子に行ったド派手な人体実験で名高いハルデインが引用されている。