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学術書の筆写について―『ニーダム・コレクション』より

ニーダム・コレクションからもう一つ。988年に書かれたイスラム科学の書物に紹介されているエピソード。アル・ラージーがおそらくバグダードに留学していた中国人の学者と話しているうちに、中国人の学者が帰国する一カ月前にガレノスの著作を筆写して持ち帰りたいという。そこにはガレノスの著作は16冊あったが、一カ月ではごくわずかしか筆写できないだろうとアル・ラージーが言ったところ、中国人は、その著作を口述で読み上げてくれれば、必ず筆写できるという。実際に読み上げてみたところ、中国人が筆写するほうが早く、口述のスピードを追い越すほどであった。その理由を尋ねたところ、「わたしの国には速記という書き方があって、これがそうなのです。非常に速く書きたいときにこの方法を使い、あとで随意にふつうの感じに書き直します」と答えたという。また、20才以下ではこの方法は憶えられないという。(40-41)

 

ニーダムはこの学者が「草書」を用いていたことは明らかであると説明している。それはもちろんそうなのだろう。問題は、なぜガレノスの著作を見ながら草書で筆写しなかったのか、なぜアル・ラージーという大先生に音読してくれるように頼んだか、であろう。あるいは、ここで草書と考えられているものは、アラビア語の音を書き写す仕組みだったのか。実は、外国語のテキストを筆写するときの仕組みについて何も知らないことに気が付いた。