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「怨霊はなぜ消えたか」

山田雄司『怨霊とは何かー菅原道真平将門崇徳院』(東京:中公新書、2014)

歴史と怨霊というのは、学術の周辺部で常に一定の人気がある主題である。小松和彦先生たちだったと思うけれども、『鬼の作った国・日本』というようなキャッチーなタイトルの本を学部時代には読んだ記憶がある。壮大なところも含めて面白かった。この書物は非常に学術的で丁寧に史実を踏まえていて、主題を考えるとその手堅さがプラスなのかどうかは分からない。ひとつ、とても面白かったポイントは、怨霊の消滅の話である。道真と将門と崇徳院を日本三大怨霊というそうだが、崇徳院以降は、あまり強力な怨霊が出てこなくなる。これを、戦国時代とそれ以降の神観念の転換で説明する。神が絶対であるという思想がなくなり、むしろ人が神になる可能性すら認められた。秀吉や家康が神になったというのは、神と人の関係は近いものになった。また、「怨親平等」という思想があらわれた。仏教の大慈悲の考えに従って、我を害する敵であっても憎むべきではなく、我を愛する親しいものにも執着してはならず、平等にこれらを愛憐する心を持つべきであるという思想である。これに従うと、戦闘があったときに、敵味方一切の人畜の犠牲者を供養する碑を建てて、敵味方一視同仁の意味で利用される。蒙古襲来のときには、敵味方の双方の霊を弔うために「怨親平等」の語を用いて蒙古軍の亡魂も弔われていた。朝鮮出兵のときにも、薩摩の島津家が、敵味方かかわりなく供養する供養碑が建立された。ちなみに、日清・日露戦争日中戦争においても、類似の供養が行われた。