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胎児は「性を持たない」のか、それとも「両性具有」なのか

Brooks, Ross, “One <Both> Sex<es>: Observation, Suppositions, and Airy Speculatons on Fetal Sex Anatomy in British Scientific Literature, 1794-1871”, Journal of the History of Medicine and Allied Sciences, vol.70, no.1, 2015: 34-73.

 

トマス・ラカーの「ワンセックス・モデルからツーセックス・モデルへ」という図式を批判して書かれた論文。それが創造的な方針かどうかは分からないが、胎児の性、特に初期の段階での性をどう捉えるかという非常に面白い問題を分析した論文をメモ。

 

人間の性はもともとどうなっていたかという問題は、西欧では古代思想から重要な思想がある。「人間はもともと男女の性が合体した身体を持っていた」という主題である。有名なのはプラトンの『饗宴』で語られる主題で、登場人物の一人であるアリストファネスが、人間はもともとは男女が一体化したものであったが、それが二つに切られて男と女が作られたという神話的な主題を語る。一方、聖書の創世記においては、イブはアダムの体から取られた肋骨から作られたことになっており、それ以前にはアダムの身体の中に女性の身体も入っていたことを意味している(と解釈された)。西欧の性に関する主題においては、原初の人間は二つの性を持っていたことになる。

 

一方で、18世紀までの医学理論では、胎児の発生のごく初期の段階では、男女の性は未分化で、胎児の成長にともなって分化するという考えが中心であった。最初の性の数はゼロであり、そこから二つの性のいずれかが発生していくという、「0→1モデル」の図式である。しかし1830年代に転機がやってきた。エディンバラの解剖学者で悪名高いロバート・ノックスが、胎児はその初期には二つの性を持ち、いずれの性的な器官が発展するかで男性と女性に両極化するという議論を打ち立て、のちにこの考えが受け入れられた。これは、性の数は最初は2で、それが1になるという、「2→1モデル」である。胎児を研究して、その身体器官のいわば「両性具有性」を研究することが、19世紀の性の研究の大きなモチーフになる。個体発生は系統発生を繰り返すという進化論の議論を重ねると、「我々の先祖は両性具有であったのだ」ということであったのだ。

 

とても面白い議論である。この著者とこの主題を憶えておこう。