2015年大学院授業参考資料2 - 英語で学術的な文章を書くために

Appendix 2 -- 英語で学術的な文章を書くために

 

大学生・大学院生を念頭に、英語の能力を上昇させるための方法を、学者としての個人的な経験をもとに書いてみました。 英語教育のプロの視点ではありませんので、その点に注意して参考にしてください。 

 

 日本語と英語の二か国語を高い水準で使いこなせることは、大学・大学院を卒業した後にどのような業種に入るにせよ、そこでいい仕事をするために必須の能力になっています。皆さんは、日本語は母国語としての力を持っており、英語については、高校までの教育と受験英語が作った確実な土台を持っているので、高等教育を受けた人間にふさわしい日本語・英語の力を身に付けることは、さほど難しいことではありません。必要なのは、大学・大学院に在学中に、適切な訓練を続けることです。

 言語の能力は、聞く・話す・読む・書くの四つにわけることができますが、このうち、聞く・話す能力については、私は、BBCのラジオ番組に助けられました。ラジオ番組を聴きながら、ほぼ同時に口に出してみることを毎晩練習しました。このような方法を「シャドウイング」というそうです。最近では Podcast が充実しているので、ダウンロードして通勤やランニングの時に聴いてシャドウイングしています。BBCPodcast の一覧は以下のサイトに掲げられています。

 

http://www.bbc.co.uk/podcasts 

 

多様な番組がありますので、自分の好みに合った番組を聴くといいでしょう。私自身は、充実したニュース番組のWorld Tonight, 世界各地のBBC特派員の報告を集めた From our own correspondents, そして、ある主題について3人の学者に議論させる In our time をよく聴いています。

 読む・書く能力のうち、読むほうについては、受験英語のおかげで十分に高いという印象を持っています。しかし、英和辞典への依存度が高く、もっと英英辞典を使う学生が増えればいいと私は思っています。

 多くのみなさんにとって最も高いハードルになるのが、よい英語を書く能力だと思います。よい英語を書く能力は、単に「英語がうまい」ということではなく、母国語ではない言語で明晰に考えて、それをエレガントに表現する能力です。これは、大学の高等教育に最も馴染みやすい部分だと私は考えています。その意味でのよい英語を書くためには、よいツールを使って、練習を繰り返すことです。私が使っているツールは英英辞典、類義語辞典 (thesaurus)、連用辞典 (collocation)、文章読本の三種類に分けることができます。

 英英辞典は必須です。英和辞典だけを用いて、英語で考える能力を身につけることは不可能ではないのかもしれませんが、成功率は著しく低いと思います。数多い英英の中から気に入った辞書を使ってください。具体的にはOALD(Oxford Advanced Learner’s Dictionary)が標準的です。新しく出たOxford Learner’s Companion to Academic Englishは、学術英語の書き方をマスターするには強力な助けになります。

 類義語辞典は、英語では非常によく使われるレファレンスです。日本語の英語の文体の違いの大きな特徴は、同一の語を繰り返し使うかどうかです。日本語では官僚の文章でも学者の文章でも同じ語を繰り返すことを好みますが、英語では、同じ語が繰り返し出てくることを嫌います。そのため、ある語の類義語を使うことがしばしば必要になります。書名でいうと、Oxford Paperback Thesaurus を使っています。これは、普通の辞書のように A to Z で見出し語が並び、その語の類義語が掲げられているものです。Roget’s Thesaurus は、19世紀初頭に出版されて近代的な類義語辞典のはじめになったものですが、これは、ある分野が見出しになっていて、それに関連する語が並んでいるという形式になっていて、私は使ったことがありませんし、どう使うのかも理解していません。

 連用辞典も、英語でよく使われます。ある語が、どのような動詞、名詞、形容詞と連用して使われるかを示す辞書です。私はOxford Collocationsを用いています。たとえば、「人口の大きさが問題である」という文章を英訳したいとしましょう。その時に、The ___ of population matters. という英文の空白箇所にあたる単語がほしいと思って、和英辞典で「大きさ」を引くと、magnitude という語が出てきたから、それを入れて、The magnitude of the population matters. となります。この文章は、たしかに意味は通りますが、不自然な感じを与えます。 このようなときには、和英辞典よりも連用辞典を用いるべきで population を引くと、size という語とともに用いられることがわかります。和英辞典よりも連用辞典を用いたほうが確実に自然な英語の文章を書くことができます。同じ発想の辞典を日本語で作ったものが『てにをは辞典』で、とても便利な辞典です。お使いください。

 文体についてのガイドは、日本語の「文章読本」にあたるものです。明晰さと美しさの双方を表現する訓練をするには、英語の文章読本を一冊手元に持っておくべきです。私自身は、Joseph M. Williams, Style: Toward Clarity and Grace を愛用しています。ただ、この書物は、近年、構成を大きく変えて Basics と Lessons からなる二巻本になったらしく、新しい構成のものは未見です。Gordon Taylor, The Student's Writing Guide for the Arts and Social Sciences (Cambridge University Press) も高い評価を聞いたことがありますが、私自身は未見です。

 日本語の文章読本について付言すると、文学系、理科系、社会科学系など色々なタイプのものが百花繚乱ですが、各自が自分の好みにあったものを選んで、それを使い込むことで身に付けることがいいでしょう。本多勝一『日本語の作文技術』、澤田昭夫『論文の書き方』、木下是雄『理科系の作文技術』などが、評価が定まった良書です。私自身にとって一番有益なのは、谷崎潤一郎文章読本』と三島由紀夫文章読本』ですが、これは学者にしてはやや特異な選好ですので、この二冊を参考にして最初のレポートを書き始めることは勧めません。

 以上、個人的な経験をもとにして、英語教育者ではない学者が書いた英語の習得法を記しました。みなさんの何らかの参考になれば。