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Pathography という単語の英・独・仏の意味の違い

“Pathography” について

http://www.oed.com/view/Entry/138798

 

数日前のOED英単語は "pathography". この単語は全体としては「疾病を記述すること」という意味を持つが、各国語でかなり意味が違う厄介な単語である。ドイツ語の Pathographieと、おそらくそれを訳した「病跡学」という日本語は、精神医学の一分野をさす。芸術や思想の天才の生涯と作品を精神医学の立場から分析して理解するものである。ドイツでは19世紀末の精神医学者のメービウスが天才についての精神医学的な分析をしており、クレッチマーなども同じ方向の作品を書いている。日本におけるその学問の起源については、私は正確な知識を持たないが、いま市川市で展覧会が行われている式場隆三郎は、新潟医学校の博士論文でゴッホの分析を書き、後には「裸の大将」として有名な画家の山下清を後援している。森田療法を提唱し、慈恵医科大学で教えた野村章恒(あきちか)も、エドガー・アラン・ポーなどについての研究を発表している。ちなみに、野村のポー論を第一巻として1969年から「パトグラフィ双書」が編集され、国会図書館をみると1979年の高村光太郎まで14冊が出版されている。これがドイツと日本の Pathographie である。

 

英語では pathography というと、その意味はとはかなり趣が違う。もともとそんなに頻繁に用いられる語ではなかったという印象を私は持っている。近年の用法は、病気を描いた文学性を持つものである。主に患者によって書かれたもので、自伝回想でもいいし、文学上の創作でもいい。疾病は精神疾患に限らず、がんでも結核でもAIDSでもいい。これは、アメリカの文学研究者のAnne Hunsaker Hawkinsが1980年代の研究で pathography と名付けてから学術の世界に入ってきたのだろう。英語の pathography は、基本は「闘病記」と、病気を主題にした伝記や文学という意味の範囲を持っている。

 

フランス語の pathographie については、Wikepedia フランス版だけの知識だが、これは考古学の一部、あるいは考古学の手法を用いた歴史のようである。たぶん、化石人骨や遺体の分析などからどんな疾病にかかったのかを考察する学問の一領域なのだろう。