20世紀後半の美容整形とアメリカの戦争

Haiken, Elizabeth, Venus Envy: A History of Cosmetic Surgery (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 1997)より。

 

美容整形外科の歴史は、1990年代の後半から注目を集め、1999年のサンダー・ギルマンの多くの画像を用いた鳥瞰的な書物や、1997年にエリザベス・ハイケンが上梓したアメリカの美容整形の歴史についての傑作が現れた。[i] ハイケンによれば、20世紀のアメリカにおいては、美容整形が受け入れられていった。美容整形は、それ自体は疾病ではないし、また戦争での負傷者が負った障碍の補綴でもない。映画俳優の端正な顔立ちよりも低い鼻や、理想の女性に想像されるよりも小さな胸は、もともとは「神が意図したあなたの身体」であった。老いて美の基準から外れた顔貌や、勃起しなくなったペニスは、生物がたどる自然の過程であった。この神と自然の双方に反して、自己改善を通じて個人が願望を充足して幸福になる手段として美容整形が正当化された。世界の各地から移民が集まった多民族社会のアメリカにおいては、民族の顔貌の特徴をアメリカで支配的な美の基準に合わせることが行われた。このような美容整形のアメリカでの最初の例は、1926年に『ニューヨーク・タイムズ』が報道した日本からの移民のシマ・キトーが、アメリカ人女性と結婚する時に彼女の両親の同意と祝福を取り付けるために、「日本人種に特徴的なつり目を直し、鼻の皮膚と肉を下げて上向きの形を直す」手術を通じて願望を改め、名前も「ウィリアム・ホワイト」と改名した例である。

 

20世紀の後半には、敗戦した日本や、朝鮮戦争ヴェトナム戦争でアメリカ軍が駐留した地域において、アメリカ人の男性から見た時の美の基準を受け入れた女性の美容整形が進んだ。1960年代のシンガポールや東京には美容外科の手術を行う病院が多数つくられ、南ヴェトナムの軍人で指導者の妻は、東京の十仁病院で美容整形の手術を受けた。現実にアメリカ軍人と結婚してアメリカで美容整形を望んで受けた女性に関しては、この例がどのように正当化できるのか、疾病や障碍の治療ではないならば、それはアメリカの価値観の帝国主義的な支配なのか、それとも個人の願望をかなえて幸福にすることなのかという議論があった。美容整形の歴史研究においても、外科手術の技術的な進展を記述するという狭く構想された医学史を超えて、そのような手術が受容され供給され正当化された政治と社会と文化を組み込んだ、より広い視点を持つ医学史研究がすでに行われている。

 

[i] Sander Gilman, Making the Body Beautiful: A Cultural History of Aethetic Surgery (Princeton: Princeton University Press, 1999); Elizabeth Haiken, Venus Envy: A History of Cosmetic Surgery (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 1997).