文系と理系のデューラー『メレンコリアI』(1514)

デューラー『メレンコリア I』

 

Phillips, Michael, William Blake: Apprentice and Master (Oxford: Ashmolean, 2014).

Klibansky, Raymond, Erwin Panofsky and Fritz Saxl, Saturn and Melancholy: Studies in the History of Natural Philosophy, Religion and Art (1964) 田中英道他訳『土星とメランコリー』(東京:晶文社、1991)

Milton, John, Poetical Works, ed. by Douglas Bush (Oxford: Oxford University Press, 1977).

 

オクスフォードのアシュモリアンでのミルトンの展示が行われ、そのカタログを見ていた時に拾ったエピソードを、少しまとめたメモ。

 

アルブレヒト・デューラーの『メレンコリア I』は1514年に製作された版画で、多くの人々に愛された。それも、文学と技芸の双方の世界の世界、今の言葉で言うと文系と理系の双方の世界の人々から愛されたのは、クリバンスキー、パノフスキー、ザクスルの『土星とメランコリー』(1964)が示すように、作品自体が古代思想から長い時間をかけて多面的になったメランコリーという医学概念を扱っているからであろう。文学の愛好者としては、ミルトンがこの作品を傍らに置いていたと伝えられる。ミルトンが1630年代に書いた Il Penseroso は、平和、静寂、孤独、瞑想、沈思の中での友としてのメランコリーを讃えて閉じられている。

 

メランコリーよ、これらの喜びを与えたまえ

そしてあなたと共に生きることを私は選び取ろう

These pleasures, Melancholy, give,

And I with thee will choose to live. 

 

一方で、理系の世界では、ブレイク、それも版画家としてのブレイクがこの作品を愛好していた。版画の仕事をするテーブルのすぐ脇に置き、引っ越しの時にもこの作品だけは決して手放さなかったという。ブレイクがこの作品を愛した理由は、それを彼の弟子であるサミュエル・パーマーが『メランコリー あるいは発明の母』(Melancholy, the Mother of Invention) と呼んでいることから察すると、メランコリアの天使を取り囲むように画面に配されている数学、自然哲学、工芸、技術などの道具が重要だったのだろう。デューラーの作品は、球、多面体、梯子、天秤、砂時計、魔法陣、物差し、鋸、鉋、そして最も印象に残る、天使が手に持つコンパスといった、幾何学と実技の象徴する道具が、主人公のメランコリーの天使を取り囲んでいる。創造性と、それを自然哲学と技術を用いて実現する技術者・製作者としての特徴がブレイクの心を引きつけたのだろう。