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江戸時代の人々の何割が梅毒に罹っていたか?

鈴木隆雄『骨から見た日本人―古病理学が語る歴史』(1998; 東京:講談社、2010)

 

古病理学 paleopathologyは、考古学の一分野で、過去の人々の骨などを調査分析して、彼らが罹っていた疾病などを確定する学問である。通常の歴史文書が残っていない時代や地域の医学史研究にとっては、この手法だけが頼りであることが多いし、当時の記述からでは何の疾病なのか特定できない場合に、疾病によってはこの手法が頼りになる。中世ヨーロッパのハンセン病の収容院の患者の大多数がハンセン病であったことを証明したのもこの学問であるし、近年ではその骨などに付着している病原体の DNAを分析する手法も導入され、14世紀ヨーロッパのいわゆる「黒死病」を起こした疾病が何であるかという議論に決着をつけ、まぎれもないペストの大流行があったことを完璧に証明した。

 

古病理学が持っているもう一つ重要な貢献のタイプが、その時代の記録から再構成しにくい人口学的・公衆衛生的な特徴を推察できるということである。江戸時代の人口のどのくらいが梅毒に罹っていたのかという推定ができれば医学史家としてはもちろん嬉しいのだが、それを計算できる資料が江戸時代に作られたことは想像できない。印象的な推計の言葉はたくさんあり、この書物でも引用されているが、杉田玄白の1000人の患者のうち700から800は梅毒であるという言葉や、京都の医師の橘南ケイの「京の人半ば唐瘡なり」、松本良順の「下賤のもの100人中95人は梅毒にかからざるものなし」というような言葉はもちろん参考になる。しかし、より確かな推計が欲しい場合は、お墓の骨を分析して、そこから梅毒の痕跡が見いだせるものを数え、それをもとにしてすべての梅毒の数値を計算するということになる。数値としては、926個のうち50個(5.4%)、その中の深川の遊郭が近い地域では341例中24例(7.0%)、湯島の武士階級の地域では201例中6例(3.0%)である。この数値は、他の時代・地域で人骨から測定された数値と大きく違わない。この数値は、もちろん頭蓋骨に梅毒の影響が現れるものだけを数えているので、それがすべての梅毒の中で現れる割合を調べて、それに基づいて全体の梅毒患者の頻度を推計すると、成人人口の54.4%という数字が出されている。もっとも、この計算の変数の取り方によって、16%から72%まで大きく変動することは事実であるという断りも入っている。

 

この本は一般向けなので、記述の詳細がよく分からない箇所もあるが、著者は、成人人口の半分が梅毒に罹患していると主張しているのだろう。この数値がどの程度妥当かというのは、もう少し調べてみないと私には分からない。