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死亡率の減少と有病率の増加という逆説 

慶應義塾大学の教養研究センターは、10月6日より、「文化としての病と老い」のタイトルで、4回の講演と2回のワークショップを開催します。医師にとどまらず、医学史や医療人類学の研究者、文学研究者、舞踏家、歌舞伎研究者など多様な分野から病と老いを問い直すシリーズです。参加は無料、申し込みは明日までですので、ご希望の方は以下のサイトからお早めにお願いします。 

 

慶應義塾大学教養研究センター主催 神奈川県ヘルスケア・ニューフロンティア講座「文化としての病と老い」

 

私は10月6日に講演いたしますが、そこでは近現代社会の一つの特徴として近年議論されている、死亡率の減少と有病率の増加という逆説についてお話いたします。話の概要は以下のようなものです。よろしくお願いします。

 

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「生きることと病むこと―その歴史的な変遷」

神奈川県ヘルスケア・ニューフロンティア講座 第一回(2015年10月6日16.30-18.00)

鈴木晃仁(慶應義塾大学・経済学部教授)

 

この講演は、近現代の歴史における病気 sickness の増加を示し、その理由について説明して、現代と未来における健康と病気への向かい方について考察する。

近現代の社会は、それ以前の社会、たとえば中世や初期近代の社会に較べてより「健康」になったとされる。これは総じて正しいし、死亡率などの側面については、たしかに近現代の社会は過去よりもはるかに健康になっていると言える。しかし、死亡率の減少にともなって、人々が「病気」に罹っている割合は増加している。これは、高齢者の増加という生物学的な現象や、医療保険の拡充という制度的な現象だけによるものではなく、さまざまな側面において歴史学者や社会学者が各国において実証した現象である。死亡率が低下した社会において、人々はより高い割合で病気になっているという、直感に反した逆転現象がある。近現代の社会は、人々がより高い割合で病気になっている社会なのである。この講演の最初の部分では、この事例を19世紀末のイギリスなどを例にとって示す。

この現象が、高齢化や医療保険などによって説明できないならば、何によって引き起こされたのか。医療の歴史学者たちは多様な原因を論じてきたが、ここでは二つの理由を指摘する。一つは、近現代医療が持つ特徴として、死亡を防ぐことはできるが、完全に健康にするのではなく、治療の結果、その後も医療に依存し続ける病人あるいは障碍者を作るということが挙げられる。この事例を、1920年代に劇的な革新を遂げた糖尿病の治療を例にとって説明する。

もう一つの理由は、患者が病気と考えるものの意味と閾値についての変化である。近現代の社会は、さまざまな理由で、それまでは疾病とみなされなかったことを疾病とみなし、患者が「自分は病気である」と考える範囲が広がっており、これを「病気の文化的インフレーション」と呼ぶ研究者もいる。もちろんここには医学の影響、medicalization と呼ばれる要因もはたらいているが、すべてが医学の影響ではないし、多くの医者たちの意見に反対して起きている病気の範囲の拡大も存在している。近現代の文化には、人々をして自分は病気であると考える力が働いている。

そう考えると、現代の先進国における医療と社会が向かっている新しい大きな問題が見えてくるだろう。すなわち、死亡の問題をかなりの程度まで克服した現代社会において、「病気」が増加するという特徴が現れているということである。より多くの人が「病気」になり、「病人」としてふるまっているという問題を、どのように解決したらよいのか。あるいは、そもそも、これは問題なのかどうか。「生きること」と「病むこと」の距離が、現代社会ではより短くなっているということなのか。そのような問題に講演の最後に言及して、ディスカッションの素材とする。