17世紀の輸血実験と精神病患者

17世紀の後半にイギリスとフランスで動物の血液を人間に移す「輸血」が行われた時に、その人間がいずれも精神病患者だったことのメモ。文献は、スター『血液の物語』と、ピープス(Samuel Pepys, 1633-1703) の日記やイギリスの自然哲学者リチャード・ロウアー(Richard Lower, 1631-1691)の記述などをまとめた資料から。

 

1667年の12月のパリで、精神病をわずらっている男に牛の血液を輸血することが行われた。輸血を受けた男はアントワーヌ・モーロアという狂人で、パリ近郊の村に住み、発作が起きると妻を殴打し、衣服を脱ぎ、通りを走り抜けて放火したこともある。モーロアがパリの街を裸でさまよっていたときに、貴族のモンモール伯爵が彼を見つけ、自然哲学や医学などの研究のために自らが設立したアカデミーで輸血の実験をするべく、アカデミーのメンバーの、パリ大学の教授で当時ルイ14世の侍医であったジャン・バティスト・ドニ(Jean-Baptiste Denis, 1643-1704) のもとに連れて行った。ドニは、モーロアの腕の静脈から10オンスほどの血液を取り去り、それに代わって仔牛の足の動脈から一カップほどの血液を取ってモーロアの腕から入れる実験をした。これによって、精神病であるモーロアの血液の熱が冷まされると考えたという。その2日後にもう一度繰り返された輸血はうまく行かず、モーロアは発汗や嘔吐をして尿は真っ黒なものになってしまったが、幸いにもそこから一命を取り留めることができた。しばらくして妻がモーロアを探し当てて迎えにきたが、モーロアは正気になっており、妻に穏やかに接して自分が受けた<治療>のいきさつを語ったという。医師のドニにとって、最初の人間への輸血は成功した実験であった。

 

一方イギリスでも同時期に類似の実験が行われている。もともとは血液循環の発見者であるハーヴェイの影響のもと、オクスフォード大学では動物実験を用いた自然哲学研究が行われており、ロンドンの王立協会の設立とともに、自然哲学者たちが実験の場をロンドンに移していた。その中で、動物間の輸血を成功させていたトマス・ロウアーは、1667年には人間に輸血を試みる機会を待っていた。その過程で、ロンドンの精神病院であったベスレム病院の医師のトマス・アレン(Thomas Allen, ?-1684) に対して、患者を実験に使ってもよいかと尋ねていたが、ピープスの日記(31 Oct 1667)によるとアレンはそれを断ったという。しかし、同年の11月に、もとは説教師だったが、少し狂っており、「貧しくだらしない男」であるコーガスという人物との交渉が成立し、彼に羊の血液を輸血することができた。必ずしも精神病の症状がよくなったわけではないが、この実験も成功におわった。コーガスは、その報酬として、20シリングを支払われたという。

 

フランスの事例、イギリスの事例は、それぞれ以下の文献に記載されている。Starr, D. P. (1998). Blood : an epic history of medicine and commerce. New York, Alfred A. Knopf (翻訳あり); Hunter, Richard and Ida Macalpine, Three Hundred Years of Psychiatry 1535-1860 (1963; rept. New York: Carlisle Publishing, 1982), pp.184-185. 

 

ドニのイラスト ここでは羊が用いられているように見える。

 

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