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大福茶と疫病で明けましておめでとうございます 

お正月に京都のお茶屋で買った「大福茶」を頂いたところ、平安時代の疫病に関連した茶であるという説明があったのでメモ。結局、よく分からないことが多く、教えてくださいという内容ですが(笑)

上林春松本店の説明によると、大福茶は、天暦5年(951年)、村上天皇の時代に、京都に流行した悪疫退散のため、六波羅蜜寺空也上人が自ら十一面観音像を刻み、車に乗せ、これを引いて市中を廻られた。このとき、仏前にお供えしていた小梅干しと結び昆布を入れたお茶を病人に飲ませたところ、やがて病気はおさまったと伝えられる。以来、村上天皇はこの徳にあやかり、毎年正月元旦にこのお茶を服されるようになり、皇服茶・王服茶と呼ばれるようになった。それが転じて大福茶(おおふくちゃ)となったという。「だいふくちゃ」とも読む。

ネット上でぱっと調べられる他の資料でも、だいたい似た話になっている。ポイントは、村上天皇空也上人、京の疫病、そしてお茶である。

私の問題の出発点は、手持ちの日本の疫病史のレファレンスで見て、天暦5年(951年)の疫病が特定できなかったことである。これは、この記述が間違っていることを意味しない。現代の日本の医学史研究者が使ってるレファレンスが古くて不完全だからである。このあたり、優れた疾病の年表が欲しいところである。もちろん、村上天皇の治世中である946年から967年までの約20年間に話を広げれば、数多くの疫病があり、社寺の活動や宮廷の対応などが記されている。人民に米や塩を与えたという記述もある。このような疫病の一つなのだろうか。

もう一つ分からないのが「茶」という記述である。この「茶」というのは、いったい何なのだろうか。私の乏しい理解では、10世紀には日本に茶の栽培も製造もなく、中国から輸入されたお茶なのだろうか。

ちなみに、古代・中世の疾病史のレファレンスとしては、私は以下のものを見ることにしている。

富士川, 游, and 道雄 松田. 日本疾病史. 東洋文庫. Vol. 133: 平凡社, 1969.
小鹿島, 果. 日本災異志. 思文閣, 1973.
中野, 操. 日本医事大年表. 増補版 ed.: 思文閣, 1972.