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感染症の常在地・孤立地の間の移民の問題

予防接種という人為的な予防医学が広まる前の話。ただ、原理的には、予防接種以降の時期でも話は成立する。
 
ある感染症に関して、その感染症が常在している地域と、それを経験したことがない孤立した地域がある。常在している地域では、そこで生きている人間は、その感染症を経験したことがあり、それに対する免疫を持っている。孤立した地域の人間は、その感染症を経験したことがないので、免疫を持っていない。常在地と孤立地の関係を較べると、より生物学的に強力なのは、感染症に痛めつけられて抵抗力をつけて強くなったヒトが住んでいる常在地である。最も著名な例では、南北アメリカとヨーロッパが15・16世紀に向かい合ったとき、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘などの感染症により、南北アメリカの原住民は壊滅的な被害を受けた。天然痘という感染症については、ヨーロッパ人は一度罹患して免疫をヒトばかりから構成されていたから、アメリカとの接触によって何の影響も受けなかった。同じように、中国という天然痘の常在地と日本という孤立した辺境を較べると、この出会いが確実に起きたのは、紀元8世紀の日本における天然痘の大流行である。この流行は九州の大宰府に始まり、数年にわたって日本を席巻した。
 
これは、常在地から孤立へのヒトの移民に伴なう生態学的な現象である。その反対に、孤立地から常在地への移住については、なかなかいい例がないが、ハワイのカメカメハ2世とその妻のカマーマルの例はどうだろう。
 
カメハメハ2世(c.1797-1824) は、ハワイの最初の王であるカメハメハ1世(1736?-1819) とその正妻であるケオープオラニ(1778-1823) の子供である。カメハメハ2世の妻はカマーマル(Kamamalu, 1802-1824) で、父はカメハメハ1世、母はカラーケア・カヘイヘイマーリエ(c.1778-1842) の子供である。カメハメハ2世が18歳、カマーマルが14歳くらいのときに、二人は結婚した。カメハメハ2世は、同じ父を持つ異母妹である少女と結婚したことになる。
 
いずれにせよ、このハワイの王と妻は、ヨーロッパを訪問した最初のハワイ人である。1824年の彼らの訪問はイギリスで大きな話題となったが、いずれもロンドン滞在中に前後して麻疹に感染して死亡した。カメハメハ2世とカマーマルは当時20代であったが、いずれも麻疹を経験したことがなかった。これは、麻疹が常在していたヨーロッパでは疫学的に孤立した地域で誕生・出生した人物が持つ疫学的脆弱性の一つの象徴である。
 
この感染症によって免疫の力は違い、天然痘や麻疹のように一度罹患すると終生にわたって継続する免疫が得られるものもあれば、インフルエンザのように、それ自体が複雑な型を持っていて、一度インフルに罹ったからといって、他の型のインフルに対する免疫は持てないようなものもある。一方、その感染症を疫学的に孤立した地域に、別の地域で発展した感染症が侵入すると、免疫を持っていない孤立した地域の住民に大きな被害が出る。